女優と詩人<東宝DVD名作セレクション> [DVD]

「女優と詩人」は、人気女優と売れない童話作家の夫婦を描いた物語です。

妻が成功していて、収入のない夫が主夫をしている光景は、昭和初期の映画ながら かなり現代っぽい感じがしました。

今と違う事といえば、隣近所や友達との付き合いが濃密だという事くらいでしょうか。
いくら図々しくても友達が夫婦の家に居候するという事はあまり考えられないし、旦那さんがお隣さんの家で飲み明かすというような近所付き合いも、都会ではあまり見られない光景です。

煩わしい人間関係を排除してきた結果が現代の生活様式なのだと思いますが、これはこれで味があって面白いと思いました。

主人公たちは新劇や童謡を作っていて、お隣さんはレコード鑑賞を楽しみ、友達は「熊襲征伐」などというマニアックな小説を書いているという、文化の香りと牧歌的なユーモアが楽しい映画でした。

映画自体は昭和10年の公開ですが、ちょっと大正時代を思わせる雰囲気を感じました。

売れない童謡作家の主夫、月風(宇留木浩)


月風は、売れない童謡作家です。
たまに採用されても謝礼は菓子折り程度で、現金収入というものがありません。
今で言えば、売れないポップ・ミュージシャンという感じでしょうか。

彼はとても温厚な性格で、奥さんに小間使いのように扱われても文句一つ言わず、家事も器用にこなしています。
近所のやかましい主婦との会話にも対応できるし、なかなか使える主夫という感じです。

ところが月風の友達である能勢は、奥さんにあまり歓迎されていません。
というのは、彼は人の機微に疎い世捨て人のような所があり、人のものと自分のものの区別がつかないような図々しい男だからです。

能勢が訪ねて来ると奥さんは軽快モードになり
「お金の無心だったら、絶対に断らなくちゃだめよ」
と、月風に釘を刺したりします。

奥様は新劇の人気女優、千絵子(千葉早智子)

月風の奥さんの千絵子は、新劇の女優をしています。
おっとりとした性格の月風との暮らしは相当に自由で、まるで女王様のように気ままに振る舞っています。

彼女は仕事が面白くてしょうがない感じで、公も私も無いような生活なのに とても楽しそうです。
家は劇団員が集まる集会所のようになっていて、月風は使い走りまでさせられる始末です。
主夫を通り越して ほとんどお手伝いさんのように見えます。

彼女は、家にいるときも仕事の事が頭から離れません。
台本の中でどうにも上手くいかない部分があって、月風に読み合わせを手伝ってもらう事にします。
それは夫婦喧嘩の場面で、今まで喧嘩をした事が無い千絵子にはその感情がつかめずにいるのでした。

ところがその台本の内容は、月風にとってやりにくいネタでした。
物語の設定が、月風たちと同じような奥さんが稼いで家計を賄っている家庭だったからです。
身につまされるようなセリフばかりで、いちいち引っ掛かってしまって練習どころではありません。

台本のセリフが現実に・・・・

二人が舞台のセリフを練習している所へ、月風の友達の能勢が訪ねてきます。
彼は下宿の家賃を滞納しすぎて追い立てをくらい、月風の家に居候させて欲しいとお願いに来たのでした。

これを聞いてお人好しの月風はあっさり承諾してしまいますが、千絵子は大反対です。
「いったい誰が家賃を払ってるんだ」という話になり、だんだん台本と同じ状況になって行きます。

友達やご近所の奥さんは、セリフの練習と思っているので呑気に見物していますが、これが本物の夫婦喧嘩なのです。
だんだん言葉も激しくなり、しまいには手も出ます。
そのうち さすがに能勢たちにも、芝居じゃなくて本当に居候を置く置かないで喧嘩している事が分かって来るのでした。

そして散々言いたい事を言って自我を取り戻した月風は、改めて能勢にキッパリと居候の件を断ります。
今までに無い毅然とした態度で、家賃は妻が払っているという事も能勢に告白します。

ところが能勢は
「家賃を誰が払っているかどうか云々でなく、一家の主人である君の判断なら、この話は撤回するよ」
と、あっさり身を引くのでした。

これで夫婦喧嘩は収まり、二人は仲直りする事ができました。
そして千絵子は、能勢にお礼を言います。
「ありがとう。あなたが初めて主人を一家の主と認めてくだすったんです」という風に・・・。

千絵子は経済的には自立していても、やっぱり夫にはしっかりした主人であって欲しかったようです。
ところが収入で勝っていると、それが認めにくいものなのかもしれません。
そして月風がきっぱりと断りを入れるのを見て腹の虫が収まった千絵子は、元来の気前の良さを発揮して居候を受け入れてあげるのでした。

現代ではあり得ないような展開ですが、女性の深層心理には こういう面が無くもないような気がします。

1935年公開

「大正」という時代は、優れた詩人や音楽家が、純粋な芸術的意欲に燃えて童謡の傑作を多数生み出した時代だったそうです。
「かなりや」や「七つの子」「赤とんぼ」など、今も歌い継がれるしっとりとしていて郷愁を誘う童謡は、ほとんどがこの頃に生まれているようです。

それまでの子供の歌は、文部省指導の堅苦しいものや西洋の民謡が大半でした。
ところが大正期の童謡はもっと日本の風土や伝統を取り入れ、子供の心情に訴える豊かでキャッチャーなものへと変化していったのです。

それは明治期に西洋的に傾き過ぎた事に嫌気がさし、日本本来の良さを見直そうとした復古的な運動だったようです。
その流行が一過性のものでなく現代へと受け継がれている事を思うと、やっぱり日本文化は深くて色褪せないものなのだな、という気がします。

映画で流れる童謡の歌声からは、何か当時の勢いのようなものを感じました。
突き抜けている感じで、子供らしい迷いのない歌声です。
そしてその曲に合わせて まったりと踊る「お隣さん」の姿が、ちょっとシュールで笑えました・・・。

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