流れる
映画「流れる」は、芸者たちの私生活を描いた物語です。

おしゃべりな女たちが、一見仲が良いようでも裏では凄まじいバトルを繰り広げている様子が印象的でした。

女同士って、仲が良いのか?悪いのか?本当に分からなくなってしまう事がありますが、もしかするとそんな事はどうでも良いのかもしれません。
結局は人間関係を円滑にしなければ、何事も上手く行かないという事が良く分かっているから、こうなるのだと思います。

映画の舞台は「置屋」という芸者の住まいで、描かれているのは彼女たちのリアルな生活です。

登場人物は芸者たちなので、彼女らの周りには大勢の男たちが関係しているのですが、それはあくまでも「話題」としてのみです。
登場人物としては出て来ないし、お座敷の場面もありません。

優しく上品で、頼りになる お春(田中絹代)

映画監督 田中絹代

お春は優しくて賢い、頼りになる女性です。
細やかな気遣いと丁寧な言葉遣いで、大人しいながらも毅然とした態度で振る舞います。
お春のキャラクターだけが、殺伐とした置屋をめぐるストーリーに唯一温かみを与えているようです。

お春は昔は良いところの奥様だったようですが、戦災で家族を失い、女中の職を求めて置屋にやってきました。
最初は、花柳界の裏側という今までとは全く違う環境に戸惑う様子が伺えます。

それでも持ち前の賢さと人柄の良さで、お春は徐々に周囲の人々の厚い信頼を得ていきます。
主人の娘は勝ち気で気難しい感じの性格ですが、彼女もだんだんお春を頼りにするようになり相談をもちかけたりします。
小さな子どもの扱いも、実のお母さんでも戸惑うような場面も手慣れた様子であやしてしまい、母としても肝が座っていた事がわかります。

ただお春が特別というよりは、置屋に出入りする女たちの怠惰で投げやりな気分や、感情に溺れてものを考えないという人間の弱さが溢れているせいで、彼女だけが対照的に見えてしまうのかもしれません。

田中絹代さんの出演している映画


世の中の裏側が見えていない、つた奴(山田五十鈴)

置屋の女主人・つた奴は、昔はビジュアルと芸ともに、一流の売れっ子芸者でした。
ただ彼女は感情に溺れるタイプで、将来設計のようなものが苦手だったようです。

絶頂期の人気のパワーを利用せず、惚れた相手に貢いで子供や借金を抱えて苦労してきました。
そして、いよいよ年をとって芸者としての価値は落ちてくるのに、置屋の経営も上手くいっていません。

芸者稼業も後輩を育てられれば商売を継続出来るのでしょうが、つた奴は娘も弟子も育てる事に失敗しています。
それどころか子供を抱えた妹が居座ってしまったり、置屋で抱えている芸者の親族に脅しを掛けられたりします。
おまけに借金をしている腹違いの姉からはパトロンを斡旋されたりして、ジワジワと追い詰められていきます。

それでも彼女には、昔の男にすがったり、神頼みをするくらいしか手立てが無いのが悲しいところです。
どうやら男を見る目も無いようで、惚れた相手が没落する一方で、むかし振った相手は今では絶好調になっています。

結局つた奴は、昔の姐さん格である お浜(栗島すみ子)に助けを求める他なくなってしまいます。
ところが実は、このお浜こそが一番の曲者なのでした。

山田五十鈴さんの出演している映画


最後には「賢い者」が勝つ!

つた奴の方では、お浜に対して全幅の信頼でもって接していますが、お浜の方では つた奴に「妹分」という程の深い感情は持っていないようです。
むしろ、つた奴が店を手放さなければならない状況を待ち、店を乗っ取ろうと目論んでいる事がだんだん分かってきます。
ところが、あくまでも表面上は「味方」を装っている所が、彼女の怖いところです。

お浜とつた奴は、スタート地点は同じ芸者でした。
むしろ、つた奴の方が売れっ子だったようです。
それでもお浜は、芸者稼業から早々に足を洗って、今では料亭を営む女主人として成功している様子です。

そして今度は、つた奴が潰してしまった店を料亭として開業して、さらに発展しようとしています。
女性も歳を重ねていくと、結局 最後に勝つのは「頭脳」のようです。

お浜は お春の実力も見抜いていて、次の事業の為に引き抜いておこうと お春を誘います。
ところが お春は、つた奴を裏切る気にはなれませんでした。
お浜に雇われるのを断り、一身上の都合という事にして自ら置屋を辞めていきます。

どう見ても滅んでいくしかない つた奴の運命を、お春は温かい気持ちで見守りますが、彼女とて救ってあげる事は出来ないのでした。

成瀬巳喜男さんの監督映画


1956年公開

「流れる」の原作は、幸田露伴の娘である幸田文が書いた「体験記」のような小説です。

幸田文が実際に、置屋に4ヶ月の間住み込みで女中をして得た経験が元になっているそうです。
恐るべき取材魂です・・・。
そして芸者という職業がほとんど滅びてしまった今日では、小説家が実際に観察して書いた「ルポ」の映画は貴重な文化史とも言えそうです。

小説の方は、映画よりもっとリアルな所まで突っ込んでいます。
教養の高い女性が台所の裏側から見た「華やかな花柳界の裏側」や「女たちの生態」・・・。
これは正に「家政婦は見た」の逆バージョンではないでしょうか!?

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