戦後の日本映画には、大切なものが失われてしまったような、やりきれない寂しさを感じる作品が少なくありません。

それは戦前の激烈なムードとは打って変わった、それでいて現在のような閉塞感に満ちた社会不安とも違う、ましてやこの時代の後に来る高度経済成長期とは似ても似つかない「独特の雰囲気」があります。

その堕ちていくような倦怠感に美意識を見出したような、退廃的な魅力をたたえる映画をまとめました。

【挽歌】初恋は、未熟な果実の苦い味がする

「挽歌」は、アンニュイな気分が漂う、北国の港町の寂寥感が美しい物語です。

母親がいない寂しさに加え、少し身体に障害を持った娘がいて、彼女の浮かない気分は、ある不幸な夫婦との関わりを引き寄せます。

彼女に起こった「魅力的な大人の男」との出会いは偶然でしたが、二人が背負っていた暗い気分が、急激にお互いを近づけて行きます。

ところが娘は、男との不倫の関係に飽き足らず、男の「奥さん」にも惹かれるようになります。
というか、そもそも彼女が男に近づいたのは、その奥さんが若い男と密会していた現場を目撃してからでした。

奥さんは素敵で上品なマダムといった風で、娘は彼女への憧れと嫌悪感、そして優越感の入り混じったような、複雑な感情を抱いているように見えます。

人の寂しい心を理解しながらも、ときどき見せる娘の冷酷さが、美しくも厳しい北の大地というロケーションと相まって、何とも言えない切ないムードが漂います。

【浮雲】甘美な思い出は、中毒性のあるクスリ

「浮雲」には、絶頂期の思い出を捨てきれず、止めどなく堕ちていく男と女が描かれています。

ヒロインは戦時中、赴任先のインドシナで、妻のある男と激しい恋愛に落ちたときの記憶が忘れられない女です。

彼らの南国での生活は、常に思い出話として語られる「過去の記憶」です。
彼らの会話や回想シーンの断片を見ると、その頃の二人の生活はどこか享楽的な感じです。

厳しい生活を強いられていた内地とは違い、彼らは悠々自適な暮らしの中で、不倫の恋という刺激的な快楽に耽っていました。

そしてこの自堕落な関係は、終戦とともに破局を迎えます。

男は苦しい中で待っていてくれた妻を、捨てる気にはなれませんでした。
女は自活の道を探る事に疲れ、在日米軍将兵の娼婦になってしまいます。

それでも二人の関係は、切れたり戻ったりしながら延々と続いて行きます。

お互いに他の異性と付き合いつつも、またヨリを戻しては失望して別れる・・・という繰り返しです。

ところが このどうしようもないダラダラした関係が、どこか癖になるような中毒性を孕んでいるから不思議です。

人間誰しも、多かれ少なかれ こういう「諦め気分」の経験があるものなのかも知れず、どこか共感を覚えてしまう自分が怖いような物語です。

【風船】美しく華やかで、シニカルな気分の都会人

「風船」には、理不尽がはびこる社会の「厭世的な気分」が描かれています。

占領下の西洋人が出入りする「ナイトクラブ」界で、上手に世の中を渡るキャラたちの気分には、常に「虚無感」が漂います。

彼らは東京という大都会の中心で、華やかで洗練された暮らしを送っています。
ところがその実態は、ブルジョアチックな欧米人たちと、彼らの元で働く日本人といった図式で、彼らの冷めた気分は充分うなずけます。

その中で、不思議な魅力を放つ「神戸生まれの上海ち」というシャンソン歌手の娘が出てきます。

モデルのように美しく、流暢なフランス語で歌うその姿は、日本人らしくない国籍不明な雰囲気を醸しています。
ローラースケートで滑りながら歌ったり、着物を着て歌うというファッションショーと兼ねた催しなど、舞台の様子が斬新でオシャレです。

私服もかなり個性的で、金髪のウィッグやお嬢様カールといったスタイルの、純和風な顔立ちとのギャップが印象的で、ファッションセンスが光っていました。

どうやら彼女は支配人の情婦のような存在で、その見返りとして彼に仕事を回してもらっています。
といってその支配人への執着がある訳でもなく、彼に進められれば他の相手へと簡単に乗り換えて行きます。

彼女はいつも冗談めかした言い方をし、常に冷静に計算し、決して感情的になる事のないクールさが徹底しています。

【白痴】激しく破滅的で、ゾッとするようなヨーロッパ的美学

「白痴」には、人を愛する心に苦しみや嫉妬が混ざり合い、狂気に変わっていく様子が描かれています。

物語は、精神分裂症を患った男が、物事を推し量る頭脳を失った事で「無償の愛」に満ち溢れた聖人のようになり、それが数々の波乱を起こしてしまいます。

無垢である事がことごとく悪意にとられ、男を取り巻く人間模様が彼を追い詰め、それが自分自身の人生も狂わせて行く様子には凄まじいものがあります。

誰もが嫉妬や独占欲のような激しい感情と、慈しみの心や友情といった穏やかな感情を持ち合わせているのに、勝利するのはいつも毒を含んだ「激しい感情」の方です。

魅力的なキャラクターたちの、穏やかな心の美しさと、狂気に取り憑かれた熱情の激しさとのギャップに、人間の精神の神秘と畏敬の念を感じるような、壮大なスケールと重厚さを醸しています。

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