「淑女は何を忘れたか」は、ちょっと倦怠期気味の夫婦と、イケイケの姪を取り巻く軽快なホームドラマです。
モダンな山の手の雰囲気と、スタイリッシュなキャラたちが、どこか優雅な気分にさせてくれます。
特に栗島すみ子の貫禄と桑野通子のカッコ良さが際立っていて、戦前の日本映画がこれ程までに洗練されていたという事には驚きます。

思わずクスッと笑ってしまうような呑気さながら、本人たちは至って真剣という可笑しさや、大らかで伸び伸びとしたキャラたちの日常を見ているだけで爽快な気分になりました。

絵に描いたような恐妻家、小宮(斎藤達雄)


大学教授の小宮は、妻・時子(栗島すみ子)との二人暮らしです。
外では偉い先生として振る舞う一方で、家では妻に頭が上がらないバリバリの恐妻家というギャップが笑えます。

この映画は専ら女性や子供たちの天下が描かれており、男性たちはほとんど虐げられていると言っていい程、みんな小さくなっています。
大学の助手・岡田(佐野周二)などは、時子夫人に子供の家庭教師をさせられてしまうし、子供には「本当に大学出たの?」と小馬鹿にされる始末です。
女と子供たちは、どこまでも伸び伸びと優雅に振る舞っていて、羨ましい限りです。

斎藤達雄さんの出演している映画


元祖おやじギャル、節子(桑野通子)


そんな時子の天下に、一石を投じるような存在が現れます。
大阪から来た小宮の姪・節子は、自由奔放で好奇心の旺盛な娘です。

時子とは世代が違うものの、何だか本質が似ています。
そのせいか二人はやたらと反発し合い、何故か周りが巻き込まれて行くのです。

節子はタバコにお酒、車の運転、ゴルフから清元まで、何でもやってみたがるし、何をやっても器用にこなしてしまいます。
ところが時子には、節子の行動がいちいち気に食わないようです。
何かと「あなたは、お嫁入り前の体よ」という理由で制限をしようとします。

節子の方でも負けておらず、酔っ払って帰ってきて時子に説教されている最中でも「私の事が本当に心配なら お水持ってきて」などと言い、全く反省の色はありません。
それどころか叔父の恐妻家ぶりを指摘し、この力関係を逆転させようと扇動するのでした。

桑野通子さんの出演している映画


小宮、最大のピンチ!

この超パワフルな女二人に挟まれた小宮はタジタジで、まるで子供のようです。
この世代の違う女ふたりは直接ぶつかる事なく、小宮を通してバトルを繰り広げていきます。

ある週末、小宮は時子にゴルフ行きを無理強いされ、小さな抵抗として「行くフリ」をして助手の岡田の家に泊めてもらう事にしました。
約束していた友だちと行きつけのバーで落ち合い、ゴルフ場からハガキを投函してもらうように頼みます。
確かに行ったという証拠のようです(笑)
そこへ、叔父を追いかけてきた節子が現れます。
小宮がゴルフへ行かない事を聞くと「見直した。これで行くようならおしまいよ」と警告します。
叔父としては、決まりの悪さこの上無い所を見られてしまい、しょげる小宮がちょっと可愛そうです。

さらに節子はバーでは飽きたらず「東京の芸者さんが見たい」などと言い出し、二人はお茶屋に出かけます。
こんなお嬢さんは、現代でもあまり居なそうです・・・。
ここで節子は出来上がってしまい、さすがにハラハラした小宮は岡田を呼んで家へ送らせるのですが、そのとき岡田の姿を女中に見られてしまったから大変です。

夜遅く酔っ払って男と二人で帰ってきた事で、時子はカンカンに怒ります。
更にまずい事に、小宮が本当はゴルフには行っていなかった事が発覚してしまうのでした。
追い詰められた小宮は、開き直って節子と共闘する姿勢を見せました。
ヒステリックにまくし立てる時子に対し、節子に散々けしかけられていた小宮は男の意地を見せようとした(?)のか、時子の頬をピシャッと叩き、ビシっと啖呵を切ります。

小津安二郎さんの監督映画


1937年公開

女性の方が強い夫婦というのは、今では珍しい事でも何でもありませんよね。
ただ、この時代はどうだったのでしょうか?
他の作品と比較してみると、やはり珍しかったのではないかというのが個人的な感想ですが、ちょっと不思議なのはラストの展開です。

夫にぶたれた時子がどれほど怒り狂うのか?ちょっと恐ろしいような場面だったのですが、結果は違いました。
逆にシュンとなってしまい、節子が慰めに入ったくらいです。
ここが、やっぱり欧米とは違うな!と思ったのは私だけでしょうか?

それどころか後日、友達との会話で嬉しそうに「ピシャッとやられちゃったのヨ」などと言い、キャッキャしているのです。
何だか急に女らしくなって、夫に惚れ直してしまったようです。
友だちの反応も不思議で「あら、いいわねぇ~」と羨ましがっています。
途中可愛そうだった小宮も「どうも節ちゃんには、時々来てもらった方が良いようだな」などとご満悦な様子で「いい感じ」に終わるという愉しさです。

この映画は、こんな洗練された作品が戦前すでに確立されていた事に驚くと共に、30年代あたりの邦画を見直すキッカケになりました。
長い時間が経過して時代も激しく変化した今見ると、昔の邦画は外国の映画を見るよりも新鮮で楽しく、多くの作品が消失してしまった事が残念でなりません。

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