サーカス五人組/噂の娘<東宝DVD名作セレクション> [DVD]

「噂の娘」は、傾きかけた酒屋の長女が、何とか一家の起死回生を図ろうと奔走する物語です。

健気で善良な長女が、自分の幸せを犠牲にして家族に尽くす姿が、なんとも悲しい物語でした。
どんなに相手の事を思っても所詮人の人生を左右する事は出来ず、結局は自分の人生を全うする事が大切なのだと実感させられました。

対照的な二人の姉妹を通して、当時の日本に浸透していた儒教的な価値観を真正面から否定するような革新的な内容だと思います。
倒産した酒屋を見たときの、向かいの床屋が取る冷ややかな態度は、どこか日本的ではないニヒリズムが漂っています。

人に尽くすのが生き甲斐の長女、邦江(千葉早智子)

邦江は、酒屋を営む家庭の長女です。
この酒屋は昔は大きな店でしたが、邦江のおじいさんの代ですっかり傾いてしまい、そのせいで婿である父親は苦労を強いられてきました。
おまけに母親は亡くなり、邦江は嫌でもしっかりしなければ ならない立場に追いやられてしまった所があります。

邦江はどこか母親替わりのようなところがあり、まるで奥さんのように父親の事を心配しています。
父親には妾がいますが、邦江はその事にすら理解を示しています。
そもそも父と母の結婚は親たちが決めたものであり、幸せな結婚ではなかったようです。
一方で父と妾である お葉との絆は深く、邦江はお葉に正妻として家に入って欲しいと願っているのです。

そのため自分は、店に有利になるような相手と見合いをしようとしているのでした。
彼女の行動は全て、まるで自分を犠牲にして家を立ち直らせようとしているように見えます。

我が道を行く妹、紀美子(梅園龍子)

邦江には妹が一人いますが、この紀美子は姉とはまるで正反対の娘です。
まず邦江がレトロな和服・日本髪なのに対して、紀美子のライフスタイルはまるでアメリカンです。
洋服を着てジャズを好み、お行儀が悪く遊び好きで、天真爛漫な性格です。
そして何よりも、自分の人生を最大限に謳歌しようとしている所が、自分を犠牲にして家族の事ばかり考えている邦江とは対照的なのです。

邦江はお見合いの時、なぜかこの紀美子を一緒に連れて行きます。
ところがそれがアダとなり、見合いの相手は紀美子の方を気に入ってしまったから大変です。
でもこれは、男性の立場になってみれば分かるような気もします。
紀美子は生命力に満ちているし、邦江はどこか暗くてつまらない女に映ってしまったのでしょう。
そして見合いの相手の方も、人生を存分に楽しみたいタイプだったようです。

人の心は、思うようにならない

結局このお見合いの相手からは、紀美子の方を欲しいと正式に申し出がありました。
そして親たちが、それを邦江に打ち明けられずにグズグズしている間に、紀美子と見合いの相手は勝手に交際を始めている事が発覚してしまいます。
これを機に、邦江の計画は音を立てて崩れ始めます。

邦江には、密かな思惑がありました。
実はお葉は、紀美子の生みの親だったのです。
邦江は年頃になった紀美子にそれを打ち明けて、お葉に家に入ってもらうつもりでした。
自分がお嫁に行けば傾いた店の経済は助かるし、これからは本当の親子水入らずの家庭が築けると思ったのです。

ところが現実は、邦江の思惑とは何もかも違っていました。
紀美子は自分が妾の子だと知ってショックを受け、お葉を母親だとは認めようともしません。
おまけに父親は、酒に混ぜものをしていた事が発覚して警察に連行されてしまいます。
邦江の奔走は、全て失敗に終わってしまったのです。

1935年公開

純和風な姉とアメリカンな妹とが同じ家に同居する様子は、当時の世相を表しているかもしれないと思いました。
作品からは日本の儒教的な価値観を否定している感じも受け、昭和の初期という時代にはそういうムードもあったのかな、という気がしました。

かつては日本文化が失われていったのは戦後からだという認識を持っていたのですが、戦前の映画を見るにつけ、そうでもなかったのかなと思う事が少なくありません。
日本の価値観の欧米化は、明治から長い時間をかけて少しずつ浸透していったのであり、戦後の弱った状態の時に一気に加速したという事なのかもしれません。

コメント

    • Jun 旅人
    • 2023年 10月 29日 6:01pm

    素晴らしい成瀬監督の「やるせな「男の弱さ」」に「哀しみ」がつのります‼️7度観ましたが、何回観ても成瀬ワールド満載に「涙😢」しました‼️千葉早千子さんと松園さんの「対比」「親子三代の「心のずれ」」に哀しみが増しました‼️

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