「御身」は、あるOLが止むに止まれぬ理由で、ある経営者と愛人契約を結ぶ3ヶ月の間を描いた不思議な物語です。

最初はかなりシリアスで緊迫した調子で始まり、どんどん意外な展開を迎えて行くという、今見ても新しい感じがする結構エキサイティングな映画でした。

その意外性はある意味ファンタジーとも言える奇抜さで、凝り固まった価値観を崩してくれます。
善悪の境界線が曖昧な気分になるような、奇妙な感覚になる物語です。

この映画が撮られた頃は、古い価値観と新しい価値観のせめぎ合いが盛んに行われていた時代で、皆の気分もかなり揺れていたのかもしれません。
経済的に発展し、相当に柔軟な思想も横行し始めて、いろいろと試したくなっている頃の実験的な要素のある映画だったのではないでしょうか。

単にエグいだけでなく、かといって決して安全地帯に留まらないような「自由度」を感じる映画でした。

娘から”女”へと脱皮していく、章子(叶順子)

章子は両親が無く、身内といえば弟一人という身の上のOLです。
会社の同僚・和気とお付き合いしていますが「キスは結婚までお預け」という堅い娘です。

そんな章子の弟が、アルバイト先の上司のお金を預かっている最中にスリに遭ってしまいます。
弟がすられたのは50万円(今でいうと500万円くらいでしょうか)で、警察に届けた所で戻ってくる筈もありません。

弟は上司から容赦なく無理な期限で弁償を迫られ、章子に泣きつきます。
章子は仕方なく会社で前借りを頼んでみますが、上司に付け込まれて一晩付き合うという条件を出されてしまいます。
前借りは諦めるしかありませんでしたが、かといって彼氏にお金の相談などしたくないのでした。

そうこうしているうちに、思いつめた弟が自殺を図ろうとします。
そんな弟を見た章子は、とうとう身体を売る決心をします。
昔ご近所さんで仲良しだったバーのマダムにお願いして、適当な相手を紹介してもらいます。

章子から相談を受けたマダムは、長谷川電器の社長・長谷川を紹介してきます。
それは知り合いのマダムが勧めるだけあって、若くてあまり嫌味ではない感じの男でした。
こうして章子は三ヶ月という期間、長谷川にその身を預ける事になってしまうのでした。

謎に包まれた”焦らし屋”、長谷川(宇津井健)

長谷川は、決して慌てて身体を求める事はしませんでした。
ただ いきなり妾に引き合わせたり、連絡すると言っておきながら放っておくなど、何かと章子の癇に障る事ばかりします。
こっちは覚悟を決めているのに何度もかわされて、先延ばしにされる事で章子はイライラしてきます。

そして冗談みたいな話ですが とうとう章子から連絡してしまうのです。
ところが長谷川はそんな契約の事など忘れていたような様子で、そんなに言うなら会いましょうと素っ気ない対応をします。

そして章子が会いに行くと、またもや妾と同席させられ、章子はプライドを傷つけられて頭に来てしまいます。
その日も何事もなく、それどころか長谷川は、フラリと立ち寄った宝飾店で高級時計をプレゼントしてくれます。
この素敵なプレゼントに、章子の中で何かが変わったようです。

このシーンは、ちょっとゾクッとしました。
章子が悲劇のヒロインから何か別の存在に変わる瞬間で、素敵な時計を貰って喜ぶ姿はそれまでの彼女には無いものがあります。
そして長谷川の”焦らし屋”加減は絶妙で「じつはこの人、相当にエグいんじゃないの!?」というような怖さがあり、なかなかスリリングです。
俳優が宇津井健さんで無かったら、もっとハラハラしていたかもしれません。

そんな不思議な逢瀬を何度か重ねるうちに、長谷川は寡夫で、妾が二人いて、結婚を勧められている女性がいる事も分かってきます。
ところが それが分かったところで、章子には長谷川という男が全く理解できません。
50万円で自分を買っておきながら、手を付けるどころか素っ気ない態度を取ったり、プレゼントをくれたりするだけなのです。

章子の中に「自分は魅力が無いのでは?」という不安が生まれたのかもしれません。
あまりにも先延ばしにされ、何やら苦しくなってきた章子は、約束を履行して欲しいと自分から訴えるようになります。

ホテルで二人っきりになり、いよいよその時が来たのですが、やっぱり怖い章子は表情がこわばってしまいます。
それを見た長谷川は「義理でそんな事して欲しくない」と章子を突っぱねるのでした。

意外な展開

長谷川の正体は明かされる事なく、映画のラストギリギリまで引っ張られて行きます。

その一方で、章子は散々翻弄された挙げ句に長谷川を愛するようになってしまいます。
ずっと隠し通してきた和気にも長谷川の存在が知られる事になり、和気は長谷川に食って掛かります。
ところが章子にとって、和気は既に過去の人となっており、気がつけば長谷川の方を庇っているのでした。

そして契約の3ヶ月は過ぎ、とうとう最後の1日が来ます。
長谷川は最後まで彼女の身体を要求する事はしませんでした。
バーのマダムは「たった3ヶ月で彼女をこんなに綺麗にしてしまうなんて、大した腕だわ!」と感心してしまいます。
章子の心は、完全に長谷川に奪われていたのでした。

1962年公開

この映画はユニークな為、あまり時代のギャップを感じませんでした。

ただ上司から大金を預かってスリに遭い、無理な責任を取らされて自殺や身売りをしなければならないという設定だけは、今ではちょっとあり得ないと思いました。
同じお金を作るにしても、この頃は消費者金融みたいなものは無かったんだろうか?という疑問も湧いてきます。
現在なら、会社で前借りをする方が難しそうですよね。

ちょっと調べてみたところ、1960年にアコム、1962年プロミス、1966年武富士、1967年アイフル、という順番で創業がされています。
映画の頃はまだ草創期で、一般的には浸透していなかったのかも知れません。

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