「女の座」は、ちょっと訳ありな感じの家庭に嫁いできた上に、旦那さんに先立たれてしまったという、かなりレアな状況のホームドラマです。

1本の映画に目一杯投入された家族の構成キャラたちは皆ユニークでリアリティがあり、けっこう濃密なドラマだと思いました。
家族って実際は温かいだけじゃなく、お互いに迷惑をかけたり、それでいて無関心な所があったり、必ずしも良い事ばかりじゃないという現実を共感してしまうような作品でした。

子供に期待をかける主婦、芳子(高峰秀子)


荒物店を営む石川家は、前の奥さんとの子供が4人いた上に、二番目の奥さんの子供が3人もいます。
そこへ嫁いできた芳子は、夫に先立たれて一人で子供を育てています。

いつもは気丈に振る舞う芳子も、心の内では やっぱり夫がいないという不安を常に抱えています。
お姑さんたちは芳子を大切に思ってくれていますが、彼らは既に隠居の身で、今は芳子が一家の大黒柱になっています。
ところがお店の売上は乏しく、その土地家は前の奥さんの子どもたちが狙っています。

芳子にとっては、まだ中学生の健(大沢健三郎)だけが頼りで、健を何とか大学に入れて安定した就職をさせたいという「りきみ」が出てしまいます。
ところが健は勉強が苦手で、母親が押し付けてくるプレッシャーに苦しんでいる様子です。
健は特に頭が悪いようには見えませんが、そもそも勉強が好きではないのです(勉強が好きな人はあまりいませんが・・・)
逆に勉強が出来るのに家の事情で働いたり進学もままならないクラスメートを見て、何か釈然としない気分を抱えています。

石川家の子供たちは「芳子は再婚するもの」と決めつけていますが、芳子にその気はなさそうです。
いちばん年が若い娘二人だけは「お姉さん」と慕ってくれますが、彼女らも発言権が弱くて芳子をフォローする力はありません。
それでも芳子は石川家を支えようと必死で頑張っていて、肝心の息子の悩みを汲んであげる余裕がありません。

高峰秀子さんの出演している映画


微妙な立場で気苦労の多い、姑(杉村春子)


石川家の姑は、前の結婚で息子を一人もうけましたが、夫とうまくいかず子供を置いて石川と再婚しました。

石川家に来てからは3人の娘が生まれましたが、前の奥さんの子供たちは4人いて、彼らは既に大きくなっていました。
子供といっても「さん」付けで呼び、彼らには けっこう気を使っている様子です。

姑はこのように「嫁の肩身の狭さ」みたいなものが身に沁みているのか、同じく他家から嫁いできた芳子を誰よりも信頼している様子です。
小姑に嫌味を言われているのを かばってやったり、ときどき悔しい思いをしているのも分かってくれている様子です。

そんな石川家へ、かつて姑が離婚した時に別れた息子・六角谷(宝田明)が訪ねてきます。
偶然子供たちの一人と出会い、それがキッカケで姑と再会しに来たのでした。
ところが姑は、あまり嬉しそうには見えません。
どちらかと言うと困った様子で、何か訳がありそうです。

杉村春子さんの出演している映画


久しぶりで再会した息子・六角谷は、どうやら人格に少し問題があるようです。
姑はさっそくお金を借して欲しいと言われるし、芳子は偶然 彼に騙されて捨てられたという女性に出会います。
おまけに六角谷は表と裏の差が激しくて、一見モテモテの人気者タイプだから始末に悪いのです。

そこへもって石川家の娘・梅子(草笛光子)が六角谷を気に入り、結婚したいと言い出したから大変です。
芳子には何でも腹を割って相談する姑は「息子が石川家に迷惑でもかけるような事があったら立つ瀬がない」と苦しい胸の内を打ち明けます。

姑の気持ちがよく分かる芳子は裏で立ち回り、六角谷を追い払う役を買って出ました。
ところがこの後、芳子は散々な目に遭います。
梅子には六角谷を誘惑したと言って恨まれるし、息子の健は謎の交通事故に遭ってしまうのです。

成瀬巳喜男さんの監督映画


1962年公開

この映画では「お受験」の問題が出てきます。
受験戦争はこの頃からだんだん激しさを増してきたのかも知れず、ハッキリとは断定していないものの、息子の自殺を示唆しながら物語は終わります。

この映画の公開から20年近く経った1980年に、20歳の予備校生が両親を殺害した「金属バット両親殺害事件」という凄惨な事件が社会を驚かせた事がありました。
詳しい事はわかりませんが、この事件は過度な受験戦争と絡めて議論される事が多かったような気がします。
今は少子化の時代だし学校も増えたので、以前ほど競争は激しくないかもしれません。
ただ、この頃から問題の本質はあまり変わっていないような気がします。
大学を出ても、安定した生活が送れるという時代は終わってしまったのではないでしょうか。

かつて、この「金属バット殺害事件」に驚きと危機感を持って行動を起こした人物がいます。
それは第二次世界大戦終結から29年の間、終戦を知らず(信じられずか?)フィリピンのジャングルの中、独りで戦い続けたという驚異の人、小野田寛郎さんです。
彼はこの事件を聞いて「そんなに家が嫌なら、どうしてさっさと家出してしまわなかったのか?」という事が不思議でならなかったそうです。
戦後、日本人のメンタルがあまりにも弱ってしまった事に衝撃を覚え、それが『小野田自然塾』を開くキッカケになったそうです。
そしてキャンプ生活を通して多くの若者たちにサバイバルの知恵を伝授し、メンタルの強化や自立する力を育む活動に尽力されました。

フィリピンのジャングルで軍人の気概を持ち続けた小野田さんは、当時の精神をまるで冷凍保存したかのように、戦後30年の日本に降り立ちました。
ところが小野田さんの価値観を理解できる人は、当時の日本にはほとんど存在しなかったようです。
結局は日本にいられなくなり、彼はブラジルに渡るしかなかったという事実が、今となっては恐ろしい気がします。


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