「乱れる」は、スーパーマーケットの台頭にあおられる商店街の危機を描いた、ホームドラマです。
最初は家庭的な雰囲気だったのが、だんだん義姉弟のラブ・ロマンスへと変わっていく展開が、かえってドキドキしてしまいました。
それだけに瞬間湯沸かし器的な恋愛感情よりももっと深い、魂の通うような深い愛情に包まれる幸せが伝わってきます。
クライマックスの電車の場面は、つらい別れの道中でありながら、皮肉にもお互いに近づいていく心の動きが美しく描かれていました。
白白と明けてくる朝の光のなか途中下車をする二人の行動は、真実に目覚めたような力強い緊張感がありました。
古風でしっかり者の未亡人、礼子(高峰秀子)
礼子は戦争未亡人で、一人で酒店「森田屋」を営むしっかり者の主婦です。
彼女の夫は、わずか半年間の結婚生活で戦争のために亡くなってしまいました。
その後18年ものあいだ、残された家族の面倒を見ながら、空襲で焼け落ちた酒屋の再建に尽くしてきたのでした。
そんなある日、義理の妹が再婚の話を持ち込んできます。
いままで家のために尽くしてくれたけど、まだ再婚できるうちに考えて見てはどうか?と言うのです。
ところが礼子は、そんな話は考えた事もないと言います。
戦災で崩壊した店を自力で再建した上に、さらに大きく発展させた礼子にとって、森田屋は我が子のように大切なものなのでしょう。
いまさら再婚する気が無いのも分かる気がします。
ところがどうやら義妹は、森田屋を義弟に継がせたい思惑があるようです。
乗り気でない礼子に対し「だけど弟にお嫁さんが来たら、礼子さん居づらくなるんじゃない?」などと言って再婚話をプッシュして来ます。
おまけに、時代は個人商店からスーパーマーケットへと小売業の形態が変化しつつあります。
森田屋も近所にスーパーが出来た煽りを受けて、このままでは立ち行かなくなる傾向が濃厚になってきました。
礼子がこのままでいたいと思っても、周りが放っておいてくれないのでした。
高峰秀子さんの出演している映画
突破口を見出そうとする義弟、幸司(加山雄三)
森田屋の義弟・幸司は、どこか掴みどころのない若者です。
三流大学を出て就職してみたものの、転勤を命じられるやサッサと辞めてしまい、実家に帰って来て毎日遊び歩いています。
店の事は気にかけてはいるものの、礼子に任せている手前 下手な手出しはしたがりません。
行動だけ見たら ただのロクデナシのようですが、どうやら幸司には何か考えがあるようです。
じつは幸司は、最近の小売店の低迷を見て、どうやら勝ち目が無いことを自覚し始めているようです。
そして森田屋をスーパーマーケットに変える相談を、姉の夫に持ちかけているのでした。
ところが姉夫婦はこの話に大乗り気なものの、幸司が「礼子を重役待遇にするなら」という条件を付けたため折り合わず、計画は頓挫してしまいます。
加山雄三さんの出演している映画
離れ離れに・・・
礼子は義妹から再婚話を勧められたり、商店街の仲間が自殺したりするのを目の当たりにする中で、何となく家族が代替わりを望んでいるような空気を感じてしまいます。
それとなく幸司に結婚を勧めて、店主の座を幸司に譲りつつ、自分は裏方へ回る心づもりになってきます。
ところが幸司は結婚を拒み、言い争いをするうちに、礼子を愛している事を打ち明けざるを得なくなります。
礼子には、幸司の愛を受け入れる勇気はありませんでした。
彼女はひどく人目を気にし、日々募ってくる幸司の情熱を恐れ始めます。
そしてとうとう礼子は、幸司が森田屋をスーパーマーケットにしようと計画している事や、その話が進まない理由を、お姑さんから聞いてしまいます。
礼子は追い詰められ、この家を出て行く決心をするのでした。
成瀬巳喜男さんの監督映画
1964年公開
50年代に登場したスーパーマーケットは、60年代に入るとチェーン展開も始まり、ますます規模が巨大化していきます。
映画では、個人商店が価格競争によって閉め出され、潰されて行く様子が描かれていました。
そして個人商店の崩壊は、イコール家族経営の消滅を意味する事を今に伝えています。
一方で、そんな厳しい時代の波に押し流されず、ただひとり抵抗を試みる幸司の姿は、なにか眩しいものがありました。
幸司の無鉄砲でがむしゃらな若さと、礼子がコツコツと積み上げてきた実績がタッグを組めば、何かしら打開策が生まれたような気がします。
それだけにラストの酷い展開は、ひどく後味が悪く、歯がゆいものがあります。
「どうして、もっと勇気を持ってくれなかったのか?」
と、礼子が抱く閉塞感というか同調圧力への恐怖を強く感じました。
そして幸司の絶望は、挫折して行った人たちの「無念」を表わしているようでした。
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