雁 (1953) [DVD]

「雁」は、悲しい境遇の娘の、はかない夢と現実を描いた明治期の物語です。

「人は平等ではない」という現実を、否応なく突きつけてくる残酷さがありました。
救われないラストと、生活苦の果ての親子関係の歪みに、殺伐とした気分になります。

その分、娘が密かに憧れる大学生がよけい華々しく映るのですが、彼とて貧しい家の出身らしく、やはりお金に困っています。
彼が泥沼のような貧困から飛び立って行く姿が、この頃に起こっていた大きな時代の変化とリンクしているように感じました。

人生の坂を転げ落ちていく娘、お玉(高峰秀子)


お玉は、父親と二人で飴細工を売りながら細々と暮らしています。
彼女は以前、騙されて既婚者と結婚してしまい、自殺を図ろうとした経験があります。
その為に「傷物」と言われ、彼女の将来はあまり明るく無さそうです。

それもこれも、父親が人に騙されて持ち込んだ縁談だったのですが、彼は性懲りもなく またもや老獪な斡旋婆さんに騙されようとしています。

そしてお玉も、結局は父親のプレッシャーに負けて、気が乗らないながらも その怪しげな話に承諾してしまいます。

お玉の相手はうんと年上のオヤジで、呉服屋の主人をしています。
そして奥さんが亡くなっているため、そのうち正妻になれるだろうという話でした。

ところがこれは斡旋婆さんの作り話で、オヤジの奥さんは健在だし呉服屋というのも嘘で、本当は「高利貸し」をしているのでした。

この頃の高利貸は卑しい職業とされていて、お玉は「高利貸しの妾」というだけで、近所の人から蔑まれるようになってしまいます。
おまけにオヤジの奥さんに感づかれ、彼女が怨念を突きつけてきます。
お玉は、次第に恐ろしくなって来るのでした。

高峰秀子さんの出演している映画


手の届かない憧れの人、岡田(芥川比呂志)


この牢獄のような生活の中で、お玉にとって憧れの存在が現れます。
それはお玉の家の近くの大学で医学を学ぶ、岡田という学生です。

お玉の飼っている小鳥が蛇に襲われそうになっていたのを、岡田が救ったのがキッカケで、二人は顔見知りになります。

こんなに近くにいて、全く別の世界に住む二人の間に、惹かれ合うような気持ちが芽生えます。
とはいえ、岡田がお玉の家の前を通るとき、お互いに挨拶を交わす程度の仲で、本当に「淡い」ものです。

岡田は貧しい苦学生で、嫌々ながら高利貸しにお金を借りなければならない程です。
ところが彼は優秀で、将来も有望そうです。
女の子に興味を持つ自由などなく、ストイックに勉学に励み、周囲の期待に応えなければならない身です。

芥川比呂志さんの出演している映画

交わることのない、2つの道

お玉は、次第に自分が騙されていた事を確信するようになります。

オヤジには妻と別れる気など最初から無く、呉服屋ではなくて高利貸しだという事も既にバレています。
おまけに、オヤジの無情な借金の取り立てに恨みを持つ女性から、脅しをかけられたりと踏んだり蹴ったりです。

お玉は、すべてをチャラにしたくて父親に助けを求めますが、父親は既に自分が騙されていた事に気付いていました。
気付いた上で、仕方がないという態度です。

恐るべき事に父親は、騙されていたというよりは、どこかで妥協していたように見えます。
彼は高利貸しのオヤジから家を与えてもらい、今更これを返上するのに忍びないと言います。
こうしてお玉は、完全に逃げられない状態になってしまうのでした。

お玉の絶望した心は、岡田という「夢」に向かうしかありませんでした。
彼女は、お礼に岡田を家に招待する用意をしたりして、束の間の幸せなひとときを過ごします。

でも、それが現実になる事はありませんでした。
岡田はドイツに留学する事が決まり、まるで鳥が飛び立つように突然去ってしまったのです。
オヤジの執着は、岡田への嫉妬でますますイヤラしさを増し、彼との醜い関係だけが残るのでした。

1953年公開

この映画の原作は、明治時代に書かれた森鴎外の小説ですが、
この頃は貧富の差も激しければ社会保障も無く、救いようのない貧困の様子が描かれていました。

家族の為に若い娘が犠牲になるというのは悲惨ですが、
父親の激しい老け方を見ると、本当にどうしようも無かったという感じです。

一方で、一般庶民が金銭に対して「穢れ」のイメージを持っていた様子も描かれていました。
この頃は貧乏でも学生が尊敬され、高利貸しは卑しい職業として蔑まれています。

その矛盾とも言えるような2つの価値観の間で、みんなが引き裂かれて苦しんでいます。
この問題は、現代も解決しているとは思えませんが・・・。

そして とにかく西洋への憧れが強く、まるで救いは欧米にしかないような空気が伝わってきます。
お玉のみじめさと岡田の華々しさが、まるで封建時代と近代化の波を象徴しているようです。

この頃から、ジワジワと日本文化の否定が始まっていたのかもしれないと思いました。

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