「赤線地帯」は、戦後の復興期も終わりを迎えた頃の、吉原に生きる女たちを描いた物語です。

吉原といえば遊郭、遊郭といえば遊女、遊女といえば人身売買というイメージがあると思いますが、この頃にはだいぶ流れが変わってきています。

もちろん家族が原因という面では同じですが、苦界に身を落とす程では無かったのでは?と思うような境遇の人も結構いるのが印象的でした。

家族のせいで身を持ち崩した事がキッカケでも、それが堕ちる所まで堕ちてしまう背景には、社会の荒廃があったような気がしてしまいます。

ナンバーワンで守銭奴の女、やすみ(若尾文子)


やすみは、吉原の風俗店で人気ナンバーワンの美女です。
彼女は営業上のお愛想は上手ですが、どこか冷たい雰囲気を醸しています。
「守銭奴」と呼ばれるくらいお金に厳しい所があって、仲間にお金を貸す時も利子を取り、ガッツリ溜め込んでいます。

彼女がこのようにお金にこだわるのには、理由があります。
やすみは、以前は普通のお嬢さんでした。
ところが父親が汚職で捕まり、そのとき父を救うのに必要だった保釈金のために人生を狂わせてしまったのです。

そんな彼女は、ただお金を溜め込むだけでなく、常に起死回生のチャンスを狙っています。
青木という客はやすみに惚れ込んでいて、結婚の約束までした仲です。
この世界から足を洗うには、借金を返済しなければなりません。
ところが青木はただのサラリーマンで、まとまったお金を作るのは至難の業です。
そこで、やすみは結婚話をチラつかせて少しづつ青木からお金を貢がせ、徐々に絞り上げて行くのでした。

関西から来た豪快な不良娘、ミッキー(京マチ子)


ミッキーは最近店に来たばかりの新入りですが、妙にガッツがあって、彼女の強引な客引きは逆に引いてしまいそうな勢いです。

いかにも戦後派の若者という感じで、破天荒な言動は周りを呆れさせるものがあります。
こういう世界では店の主人を「お父さん」とか「お母さん」と呼ぶ風習があるのですが、そんな事はおかまいなしで「オバはん」と呼んだりします。

やすみと違って金遣いが荒いのが特徴で、稼ぐ額も多いけど出ていく方が多いほどです。
ところが その散財も楽しそうには見えず、むしろ彼女の人生へのヤケクソ感を表しています。

彼女がこの道に入ったのは、父親が原因でした。
父親は大きな貿易会社の経営者ですが、女遊びがひどく、家庭を顧みない人でした。
お母さん想いのミッキーは、母親が散々苦しむのを見てきたせいで父親を憎み、グレて家出した事で今に至っています。
ちょっとやそっとの事では動じないくらいふてぶてしく、人の痛みが分かる情け深さも秘めていますが、決してメソメソせずパワー全開で明るく生きています。

それぞれの「怨念」のゆくえ

ある日ミッキーの父親が、彼女を迎えに来ます。
ところが それは彼女を心配しての行動ではなく、体裁を気にしての事でした。
聞けばミッキーが吉原の女というせいで、兄は就職が上手くいかず、妹の縁談もまとまらずに困っているという話です。

そして彼女は、最近になって最愛の母が亡くなった事を知らされます。
おまけに父親はさっそく再婚してしまったのだという事を聞いて、ミッキーは怒り心頭になります。

「自分でさんざん極道しておいて、今更なにが世間体や。ウチはパパを見習ろうたまでや」
「今度はパパの苦しむ番や、ママの気持ちもわかるやろ」
と父親を突き放し、家族と決別します。

ふだん強気に見えるミッキーが実は情にもろくて傷つきやすく、自分をいたぶる事で親への恨みを晴らしているようで痛々しい限りです。

一方やすみは、自分の馴染み客である布団屋の主人が、借金を踏み倒して夜逃げしたという噂を耳にします。
これは彼女にとって、一気にケリを付けるチャンスです。
青木との関係は、彼が本気で結婚しようとしている為に限界に来ています。
そこでやすみは最後の仕上げに、無理を承知で青木にまとまったお金を無心します。
やすみへの執着で判断力が鈍った青木は、ついに会社のお金を横領してしまいます。

そしてお金をもらった途端、やすみは裏を返したように結婚を拒みます。
「こんな所の女にお金を出しといて、後でカレコレ言うのは野暮よ」
「あんたも商売人でしょ。
あんたが品物売ってるように、私も体売って生きてんのよ。
同じ取引じゃない。
少しばかり損したからって、騙したとは何よ」

と、完全に開き直られてしまいます。
青木は逆上して やすみに襲いかかり、気を失った彼女を見て恐ろしくなった青木は逃走します。
そして、やすみは青木から搾り取ったお金で布団屋を買収し、お店の主人に収まるのです。

やすみの立ち回りがあまりにも鮮やかで、店の主人としての働きぶりも立派な様子に、何とも言えない気分になります。
戦後の日本は、まさに下剋上の世の中だったのかもしれないと思いました。

1956年公開

「売春防止法」は、映画が公開された翌年に施行され、1958年には赤線が廃止されたそうです。

映画では法案が否決されて終わりますが、世論的には時間の問題という雰囲気を醸しています。
女性の身柄を縛っていた「前借」という事実上の借金が無効になる、という裁判の判決が出たりして、時代は女性に有利な方へ動いているように見えます。

ところが せっかく借金を踏み倒して吉原を去った女性が、婚家先の貧困と労苦に耐えかねて戻ってきてしまう様子が同時に描かれていて、何だか嫌な予感を残しています。
いくら法律を作ってみても、結局は女性を縛るシステムが変わっただけで、相変わらず悲劇は繰り返されているような気もします。

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