赤線地帯 4K デジタル修復版 Blu-ray

「赤線地帯」は、戦後の花街という苦界に身を沈めた女たちの人生と、消滅寸前の吉原を描いた物語です。

テーマが風俗界のお話なので多少は色っぽいお話かと思いきや、いきなり雰囲気がおどろおどろしい「怪談」のような様相を呈していて面食らいます。

年齢的に無理があるような人がいたり、女たちのだらしなく投げやりな態度からは、場末の吹き溜まりのような空気が漂います。
店構えも悪趣味で不衛生な感じで、江戸時代の粋で華やかな吉原のイメージは微塵もありません。

ここの女たちは諸々の事情があって止む無くこの世界に入りましたが、彼女たちの「素顔」は普通の女の人という感じです。
いわゆる「遊女」といった雰囲気はなく、女同士の会話などは平凡な主婦の集いのようで、運命さえ狂わなければ普通に暮らしていた人たちなのだろうという事が伝わってきました。

希望と絶望に翻弄され続ける、ゆめ子(三益愛子)


ゆめ子は満州からの引揚者で、田舎で暮らす一人息子と病身の姑の為にここで働いています。
彼女はもう年齢的に限界を越えているし、店の営業も法律の改正で廃止させられる可能性が出てきています。

ところが彼女の唯一の頼みの綱である一人息子は、田舎から訪ねてきた際に、母親が客引きをしている姿を見てしまいます。
息子はショックを受け、ゆめ子に会わずに帰っていきました。

息子はそろそろ働ける年齢に達してきた事もありますが、何より田舎にいられなくなったのでした。
母親の職業の事で周囲に白い目で見られ、地域社会から弾き出されるように上京してきたのです。

ゆめ子は家族の為に自分の身を犠牲にしてきた自負がありますが、息子は母親を慕うどころか汚らわしい存在として忌み嫌います。
「お前と暮らせる事だけに望みを持って、今まで苦労してきたのに」というゆめ子に対し、息子は「僕と縁を切ってください」と彼女を振り捨てるのでした。

ゆめ子は息子に裏切られてしまった今、今までの苦しみが全て無駄だったという虚無感にとらわれてしまいます。

三益愛子さんの出演している映画


かつては平凡な主婦だった、ハナエ(木暮実千代)


ハナエは、乳飲み子と結核の夫を抱えた通いの娼婦です。

投げやりな気分が表面に出てしまって、身なりや仕草はだらしが無いのですが、実は気の優しい真面目な女性です。
同業仲間との会話などは普通の主婦と遜色なく、戦争さえ無ければ幸せな家庭を築いていたであろう、平凡で善良な感じの人です。

結核の夫は、ハナエの稼ぎだけでは療養所に入れる余裕はありません。
仕方なく「パス」と呼ばれる薬を飲んでいますが、夫の菌にはもはや抵抗力が出来ているのでした。
それでも他に方法がないからと薬を飲み続ける行動は、まるで彼らの絶望的な生活を物語っているようです。

結婚しようと吉原をやめていく子の送別会では、夫が「こんな仕事を続ける奴は人間のクズだ、絶対に戻ってきては行けないよ」などと言い、ハナエの気持ちを冷ややかにさせます。

木暮実千代さんの出演している映画


それでも、行きていく

ある夜ハナエが仕事から戻ると、家で赤ん坊が激しく泣いているのが聞こえてきます。
部屋は真っ暗で、嫌な予感がして駆けつけると夫が首を吊ろうとしている所でした。
ハナエは「いくじなし!」と激怒します。
夫に自殺する事を許さないハナエは、生きて更なる地獄を見てやると凄みます。

実はこの夫婦は、かつて一度心中しようとして失敗しているようです。
ハナエたちは、どんなに生活に困っても悪い事は出来ず、あとは身体を売るしか手段が無かったのでした。

でもハナエの赤ん坊が大きくなった時、ゆめ子の息子と同じ行動を取るのではないか?という予感が頭をよぎります・・・。

ゆめ子は息子に裏切られてから暫く虚脱状態でいましたが、どうしても現実を受け入れる事が出来なかったようです。
彼女は、とうとう気が触れてしまいました。
同僚を送り出す時に歌っていた「満州娘」の歌を、大声で歌い続けます。

以前は若くて希望に燃えていた頃を懐かしむように しみじみと歌っていたのが、今回はやけに毒々しく響き渡るのでした。

溝口健二さんの監督映画


1956年公開

かつて、ゆめ子が満州へ渡ったとき「牡丹江」という所にいたと言っています。

牡丹江はかつて満州だった頃は、鉄道が敷かれてから急激に発達した新しい街だったそうです。
国策の推進によって集団農業移民を受け入れながら軍事、行政、経済上の中枢都市として、短期間に爆発的な発展をしたそうです。
入植者の中には自主的に移住した人ばかりでなく、国が決めた「分村移民」という計画に従って、開拓団として集団移民をした貧しい農村地帯の人たちもいました。

ゆめ子は満鉄の寮で結婚式を挙げたという話なので、夫は満鉄の職員だったのかもしれません。
楽しい思い出として語られるので、牡丹江での生活は良いものだったのでしょう。

ところが敗戦後、満州は突如ソ連に侵攻された上に、民間人が軍隊に見放されてしまうという未曾有の悲劇に見舞われました。
そして やっとの思いで帰国した「分村移民」組には、住む所も仕事も無かったそうです。

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