「按摩と女」は、山奥の温泉地を按摩さんの視点から捉えた人間ドラマです。

山の温泉場の静けさ、澄んだ空気を感じるような映像が妙に臨場感に溢れていて、とても戦前期の古い映像とは思えない鮮明さを持っていました。

それぞれのキャラたちには違ったバックグラウンドがあるのですが、同じ温泉場に逗留する事でちょっとした交流が生まれていきます。
それぞれの思惑の違いによって生じる“歪”のようなものが描かれていて、一見幻想的なムードに包まれた雰囲気でありながら、実は厳しいくらいにリアリスティックな物語でした。

彼らは束の間の交流の中で何かを期待し、予感を持ちつつも、結局はどうする事もままならず、それぞれに自分の世界へと戻っていきます。
その心の触れ合いはとても微妙なように見えて、実は幸せを掴み取りたい”強い願い”が秘められているようです。

ところどころに小粋な“笑い”が散りばめられていて、呑気で楽しい雰囲気でストーリーは展開していきますが、なぜかラストはずっしりした重いものが残ります。
イントロは按摩さんの前向きな内面が描かれていて、ラストは東京の女性の視点に変わり、どこか冷めたような空気で終了しています。
世界は一つではなく、それぞれの人間が持つ“心”というフィルターを通すことで、全く別の世界が広がっているような気分になりました。

頼もしい按摩、徳さん(徳大寺伸)


按摩の徳さんは、負けず嫌いで気概のある青年です。
相棒の福さん(日守新一)と二人で、温泉地を渡り歩いています。

二人の間では「日のあるうちに着きたいんだ」と言えば「盲に昼も夜もあるかい、どうせ年がら年中 夜道ばかりだ」と返すような、軽快なやりとりがビシバシ出てきます。

徳さんは出で立ちもハイカラだし、温泉宿では美人の女中さんにだけ特別なお土産をあげたりする積極的な性格です。
健脚が自慢で、ハイカーを追い越すのが趣味という負けず嫌いの性格は、地元で有名になっています。
自分が追い越せなかった学生グループに按摩に呼ばれたときは、揉み返しが来るまで揉んで復讐したり、夜道でぶつかって文句を言われたら「盲が突き当たるのは当たり前じゃないか」と逆ギレして乱闘になったりします。

人一倍感が鋭く、相棒の福さんが子供にからかわれて難儀するのに対し、徳さんは先手を打って防御したつもりが、子供が怯えて泣いてしまいます。
その子供も、一緒に遊んでくれる徳さんが だんだん好きになっていきます。

謎の美女「東京の女」(高峰三枝子)


徳さんが拠点とする温泉地に、東京の美女が訪れます。
「奥さんですか?」とか「お嬢さんですか?」「ご静養ですか?」など徳さんが何を聞いても、的を得ない答ばかりが返ってくる謎の美女です。
女性が大好きな徳さんは、たちまち夢中になってしまいました。

ところがこの女性は、一緒に乗合馬車でこの地に来た男性に興味があるようです。
子供と二人連れで来ていたので、子供にそれとなく「あれお父さん?」とか「お兄さん?」と聞いたりします。
実はこの子は男の兄の子供で、両親が亡くなったため叔父であるこの男が育てる事になったようです。
男が独身と分かるや、ちょっと女の意識が変わったように見えます。

二人はそれとなく身の上の事などを話しているうちに、何となくお互いに気を惹かれ合っていきます。
ただ男は、だからといって別に積極的になる様子はなく、内心後ろ髪を引かれながらも黙って帰って行ってしまいました。
それを知った女が慌てて追いかける姿は、淡い夢が掌から飛び立って行ってしまったような寂しさを感じます。

徳さん、しくじる

按摩の徳さんは、健脚で感が鋭く、ケンカも強ければ飛び込みも上手という頼もしい存在ですが、どうやら徳さんにもよくわからない領域があるようです。
この何事もない静かでのどかな温泉地に、事件が起こります。
旅館で、入浴中にお金を盗まれた人が連発しはじめたのです。
最初は従業員の取り調べだけしていたのですが犯人が見つからず、警察が宿泊客への調査に乗り出したのです。

これを聞いた徳さんは、以前から疑っていた“東京の女”の逃亡を助けてやります。
徳さんのカンによると、女がいつも足音や人影にビクビクして、何かに怯えているという事に気付いていたのです。

ところが、“東京の女”は温泉旅館の窃盗とは無関係でした。
彼女はある男の妾であり、その男の追っ手に怯えていたのです。
徳さんは衝撃を受けますが、それは自分が間違いを犯した事よりも、好きな女の苦悩を知った事へのショックが大きかったのでしょう。
こればっかりは、按摩さんにはどうする事も出来そうにありません。

1938年公開

映画の中で1938年という時代を感じさせる要素といえば「当節は女の按摩が流行してきた」とか「東京あたりでは職業婦人の進出が激しくて、男の失業者がとても多いそうだ」なんて会話が出てきます。
戦前期にも、そんな時代があったんですね。
今とあまり変わらない感じです。

他にも、この頃の“お妾”という立場の女性が、こんな風に物理的に逃亡しなければならない状況があったり、かつては目の見えない人には按摩という職業があって、季節とともに温泉地を巡っていたという歴史を知りました。

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コメント

    • bakeneko
    • 2019年 4月 10日

    二人の間では「日のあるうちに着きたいんだ」と言えば「盲に昼も夜もあるかい、どうせ年がら年中 夜道ばかりだ」と返すような、軽快なやりとりがビシバシ出てきます。

    徳さんは出で立ちもハイカラだし、温泉宿では美人の女中さんにだけ特別なお土産をあげたりする積極的な性格です。
    ————————————
    ハイキングをして、泳いで、そして恋も.....徳さんは目が見えなくても、目の見える人と何も変わらなかった.

    • 零細企業の社長
    • 2020年 7月 18日

    映画の中でユーモラスなセリフや情景を交えてはいるが、反面で目が見えないと言う障害を持つ方の
    悲壮、憐れが滲み出る。彼らは明るく振る舞い健常者と変わらない日常を送っているが、女が乗る
    馬車が遠ざかる最後のシーンで後を追うようにうろたえる徳さんが切ない。

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