「坊っちゃん」は、都会育ちの新米教師が、赴任先の旧弊な田舎町で「ひと暴れ」する物語です。

そこでは主人公の「坊っちゃん」が、いかに”正論”を振りかざそうとも、一向に通用しない妙な雰囲気が広がっています。

ここの人々は、一人ひとりは弱そうでも「坊っちゃん」の抵抗に屈したり味方する人は、誰もいません。
権力者の横暴にも矛盾にも、何があっても逆らわず、ただ耐え忍ぶという姿勢です。
新参者は容易に受け入れず、コミュニティの掟に従えない人は、その土地を立ち去るしか無いという「暗黙のルール」を感じました。

良くも悪くも、一致団結して歩調を乱さない事こそが、日本人の底力なのだという気がしました。

曲がったことが嫌いな新米教師、坊っちゃん(宇留木浩)


坊っちゃんは、東京から四国の小さな町の学校へと赴任してきた新米の教師です。
都会で生まれ、婆やのもとで大切に育てられた彼にとって、ここでの生活は面白くない事の連続です。

まず生徒たちは、よそ者を受け付けない主義のようです。
彼の行動は監視され、どこで何を食べたとか、風呂で泳いだとか、その一挙一動がすべて黒板に書き出されてしまいます。

そして生徒のイタズラは更にエスカレートし、宿直のときには寝床にイナゴの群れを仕込まれるわ、騒音を立てられるわの大騒動です。
中でも一番恐ろしいのは、彼らの「シラを切る」態度の巧妙さです。
その素朴で罪のない表情からは想像し難いような「一致団結の強み」を活かした徹底抗戦なのです。

ところが、どうやら生徒たちの余裕な態度には、裏付けがあったようです。
坊っちゃんがこの問題を職員会議にあげても、教員たちは徹底した「事なかれ主義」を貫き、生徒たちの安全は確保されてしまいます。
坊っちゃんが「赤シャツ」というあだ名を付けた悪趣味の教頭は、土地の権力者で、誰も彼に逆らう事は出来ません。
この社会構造を知ってのことか、生徒たちは教員をナメ切っているのでした。

坊っちゃんが「山嵐」と名付けた数学教師だけが、まともな意見の持ち主で、二人は意気投合してしまいます。

もうひとりの反逆児、山嵐(丸山定夫)


山嵐は最初、坊っちゃんと仲違いしていました。
彼は教頭の赤シャツに盾突いた事で、悪い噂を立てられ、孤立するよう仕向けられていたのです。

山嵐が赤シャツに睨まれた原因は、坊っちゃんが「うらなり」と名付けた英語教師に関わっています。
ウラナリは、町で評判の娘「マドンナ」と許嫁の仲でした。
ところがウラナリの家が没落してしまったのを良いことに、赤シャツがマドンナに結婚を申し込んだのです。
山嵐は、この赤シャツの権力に物を言わせた行動に異を唱え、彼を敵に回すハメになったのでした。

ウラナリとマドンナは両思いでしたが、マドンナの親が反対したのでしょう。
赤シャツは、目障りなウラナリを遠くへ左遷してマドンナを横取りしつつ、自分はお茶屋通いをするという やりたい放題です。

そして、ウラナリの次のターゲットは山嵐でした。
山嵐は自分の職を投げ打ってでも、赤シャツの悪事を裁くつもりです。
坊っちゃんは山嵐の気概に打たれ、自分も職を辞して、一緒に制裁を与えるのに加担する事にします。

赤シャツ派とのバトル

ところが坊っちゃんも山嵐も、真っ正直で人が良いだけで、なかなか敵に打撃を与える事ができません。
赤シャツは屁理屈が上手だし、周りの人間はすべて彼の味方です。

二人が目をつけたのは、赤シャツが「教育者は品行が大切」と言っておきながら、彼がお茶屋通いをしている事です。
二人はお茶屋の正面の宿屋に陣取り、赤シャツが出てきた所を現行犯で捕える計画を立てます。

今なら証拠写真でも撮ってマスコミに売るところかもしれませんが、彼らはあくまでも「直球」です。
赤シャツのお茶屋帰りの後を追いかけて「天誅だ!」と殴りつけて、おしまいですww

・・・これでは子供の喧嘩みたいで、大した懲らしめになっていない気もしますが、これはこれで二人は自分の信義を貫いたのだから、悔いは無いのでしょう。
二人とも清々しい様子で、それぞれの行く先へと旅立って行きます。

でも何よりも痛快だったのは、マドンナがウラナリを追って家出した事です。
けっきょく人を変える事はできないけど、自分の人生なら自分しだいで変えられる事を教えられます。

1935年公開

この遠い時代にも、若者は公正で開かれた社会を目指していたんだな、というフレッシュな気概を感じました。

そして保守的な田舎町で孤立する二人の開明派が、じつは江戸っ子と会津っ子の「旧勢力」だったという設定には、ちょっと興味深いものがあります。

失うものが無い人ほど新しい価値観を受け入れやすく、自分の信義を貫くには好都合なのかもしれない、などと思ったりしました。

一方で、地域社会の暗黙のルールは遠い昔から受け継がれてきたのであって、時として国の法律よりも上位に来るくらい重い場合もあり、過小評価したら痛い目に遭うのではないでしょうか。

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