「花嫁の寝言」は、なんと新婚夫婦の家庭に押しかける、悪友たちの悪ノリを描いただけの物語です。

なんて朗らかで、無邪気で、大らかな世界なのだろう・・・と、気分がス~ッと軽くなって行くようでした。
こういうくだらないユーモア全開時代の、懐の深さのようなものを感じました。

それにしても、悪友たちの「花嫁の寝言」への異常なまでの好奇心は大変なものでした。
なにか損得も、善悪も、日常のあらゆる制限を吹き飛ばしてしまうような「強い欲求」を感じますww

そして幸せな小村夫妻が、悪友たちのどんな理不尽な要求にも逆らえない様子も、笑えました。
そこには、幸せ者はそうでない人に配慮すべきという「暗黙の掟」が存在し、誰も抗えない事を示しているようです。

そんな昭和初期の「男の世界」とナイトライフが、あっけらかんとコミカルに描かれていました。

新婚ホヤホヤで絶好調の男、小村(小林十九二)


小村は大学生の仲間の中で、一人だけ卒業できた「勝ち組」です。

おまけに彼は、卒業と同時に結婚まで果たした新婚ホヤホヤの幸せ者。
バーでトグロを巻く仲間からは冷やかされ、早く家に帰りたい一心なのがミエミエです。

そんな小村が、モヤモヤしている落第組から歓迎されるとまでは思いませんが、彼らの仕打ちは想像以上に過酷です。

小村の奢りと決めつけて高い酒は飲み放題、おまけに新婚生活にまで立ち入って「秘密」を暴露させようと必死になります。
その秘密というのが可笑しいのですが
「奥さんの寝言が良いらしい」
というのです。

最初は冗談半分で冷やかしていただけの悪友たちですが、これがだんだんエスカレートして行きます。
彼らは酔った勢いで暴走し、しまいには
「こうなったら細君の寝言を聞きに行く!」
という所まで発展してしまうのでした。

小林十九二さんの出演している映画


執拗な追求を止めない、小村の悪友たち


悪友たちは冗談抜きで、なんと本当に小村の愛の巣へ押しかけて行きました。

最初こそ少しは遠慮する風を装っていた彼らも、お酒が入るとたちまち本性が現れてきます。
お酒はあっという間に無くなり、小村が帰宅する頃にはすっかり出来上がってしまうのでした。

妻の前では飲めない事になっている筈の小村が、じつは酒飲みだという事も妻にバレてしまいます。
おまけにドンチャン騒ぎの好きな隣の奥さんまで加わって家は宴会場と化し、もうメチャクチャです。

悪友たちの悪ノリはエスカレートするし、とにかく帰って欲しい小村は、とうとう隠し芸を披露するハメになってしまいます。

小村の18番というのは「猿回し」でした。
これがまたシュールというかエモーショナルというか、確かにちょっと心惹かれるような、真に迫る一芸です。
陰から見ている奥さんが、ショックでハラハラと崩れ落ちる様子を見ると、何やら奇しいものでも見ているような気分になってきます。

とうとう隣室に呼び出される小村ですが、そのとき彼のお尻から「お猿のシッポ」を模したベルトが垂れ下がっているのが、やたらと印象に残ります。

それでも悪友たちの
「早く細君を寝かせてしまえ」
という執拗な追求は収まらず、彼らは夜明かしを決め込みます。

ところが小村夫妻の意地も、なかなか負けてはいません。
あくまでも
「妻の寝言は、夫だけのもの」
というポリシーは、曲げられないのでしたww

刺激が強すぎた・・・!?

弱り果てた小村たちは、意地でも帰ろうとしない悪友たちに対抗して、逆に彼らのアパートへ出かけて行きます。
そこで二人は、やっと休む事ができるのでした。

ところが小村たちが眠りに落ちた頃、仲間の一人がアパートに帰宅していました。
彼は隣に住むダンサーをしている女の子に誘われ、一緒に帰って来たところだったのです。

二人は
「例の寝言が聞けるチャンス!」
と言わんばかりに、お隣の部屋でスタンバイします。

彼らが息を潜め、耳をそばだてる際の緊張感は、真剣そのものですww

花嫁の寝言は何の事はない、小村の猿回しへの苦情でした。
例のシッポに見立てたベルトを見て
「いやあよ。○△□@$%・・・」
と、音声の状態が悪くて何を言っているのか聞き取れませんが、確かに何だか色っぽい。

ところが、これを聞いていた二人の反応が笑えます。
男はワナワナと興奮を抑えきれなくなり、刺激が強すぎたのか、しまいには耳栓をする始末。
ダンサーが頭を氷で冷やしながら、うなだれる様子など最高です。

とうとう耐えられなくなった二人は、洗面所に合流します。

「あれ、心臓に悪いわねェ」
「僕は興奮して血が頭に登っちゃったから、
今夜はきっと寝られないよ」

と、しみじみと語り合うのでした・・・。

昭和のエロは、ミステリアスで奥が深そうな、そしてどこか笑える、ちょっと分からないでもない感覚でした。

1933年公開

まずいきなりオープニング・タイトルで「平之助ごしょ」という手書きのサインが登場し、その肩の力の抜け具合に軽く驚きました。
テンポは相当マッタリした進行にもかかわらず、不思議と興味を惹かれていく展開には、新鮮な趣がありました。

そして何ひとつ際どい描写は無く、ユーモア満載で陰に籠もった感じもないのに、どこか艶めかしい感じがするから不思議です。
この楽しい作りは、ちょっと「粋」な遊び心を感じました。
もしかするとこの感覚は、ガチガチの明治時代を生き延びた、やわらかい「江戸文化」の名残りでしょうか?

日本人というのは想像力が豊かで、皆まで言わない方が返って良いのでしょう。
豊かな感情を内に秘めつつ、秘められたものへの「イリュージョン」を大切に温める・・・といった気質のようなものが感じられました。

かえって安易な刺激ばかり求めるのは、じつは幼稚化傾向のような気すらしてきます。

「寝言」を通して、新妻の潜在意識にまで思いを馳せる昭和のエロ文化に、日本独特の文化を見るようでした。

五所平之助さんの監督映画


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