白痴

「白痴」は、精神分裂症を患った事がキッカケで聖人のようになった男と、彼を取り巻く人々を描いた物語です。

病気である筈の亀田がいちばん幸せそうなのに対し、彼以外の人々が制御不能な感情に弄ばれて破滅に向かうのを見ていると、人には元来、幸せになる事を妨げる決定的な要素があるような気がしてしまいます。

赤間が時々見せる、温かな優しさと狂ったような憎悪の極端なギャップや、男性に博愛を求めながらも、その愛情を独占したい女たちの焦りは、人間が否応なく背負わされている十字架の存在を表しているようです。
そして誰もが愛を求めていながら、愛情だけでは世間を渡っていけない亀田という男の存在は、未だ解決されない人類の問題点を象徴しているような気がしました。

それでも登場人物が時々みせる亀田への共感からは、誰の中にも彼のような心が存在する事が伝わってきます。
ただ、その心はあまりにも深い所で眠っていて「負の感情」というノイズにかき消されてしまうのかもしれません。

粗野なあらくれ男、赤間(三船敏郎)

三船敏郎の映画史 (叢書・20世紀の芸術と文学)

赤間伝吉は大金持ちの息子ですが、愛情に恵まれなかったせいで野蛮な性格に育ち、精神年齢はまるで子供のままです。

そんな彼は、青函連絡船の中で不思議な男・亀田(森雅之)に出会います。
亀田は「癲癇性痴呆」という精神分裂症を患っており、彼もまた子供のように知性が低い男でした。
とはいえ二人の性格は正反対で、亀田は疑う事を知らない愛に溢れた男だし、赤間は気性が荒く、乱暴で愛情を知らない男です。
なぜか赤間は亀田の事が気に入り、二人はまるで親友のような親しさを持つようになります。

ところが二人は、いずれ一人の女性を巡って対立する運命にありました。
二人が惹かれたのは那須妙子(原節子)という不幸な女性です。
妙子は幼い頃ある政治家の囲い者にされ、長い間不本意な人生を送って来ました。

この妙子の苦しみに亀田は心を痛め、何とか彼女の心の救済を図ろうとします。
一方、遺産を相続して金持ちになっていた赤間は、妙子をお金で彼女を買おうとします。

そして妙子が亀田に想いを寄せた事で、赤間の感情は奇妙なものへ変わって行くのでした。

三船敏郎さんの出演している映画


気性が激しく負けず嫌いな娘、綾子(久我美子)

じつは亀田は、妙子とは違う女性に想いを寄せていました。
綾子という裕福な家庭のお嬢様ですが、とても勝ち気でわがままな娘です。

綾子ははじめ精神分裂症の男に求婚された事に戸惑っていましたが、しだいに亀田の限りない愛情の深さに引寄せられていきます。
そして二人の婚約が成立しますが、綾子には気掛かりな事がありました。

それは妙子の存在です。
亀田は常に彼女の事が気になっていて、彼女のところへ訪ねて行ったりしていました。
この事が気性の激しい綾子には耐えられず、亀田を厳しく追求したり侮辱したりして、怒りを爆発させるのでした。
亀田は、妙子への愛は綾子への愛とは違うの説明しますが、綾子には納得できません。

おまけに妙子は亀田に幸せになってもらいため、綾子に亀田との結婚を推奨をしたりします。
この妙子の“余裕の態度”がかえって綾子の神経を逆撫でし、綾子はとうとうケリをつけようと妙子との直接対面を断行する決心をします。

久我美子さんの出演している映画


亀田をめぐる「激しい」バトル

亀田が止めるのも聞かず、綾子は妙子に会いに行きます。

一方 何も知らない妙子は綾子に、自分の叶わなかった夢を託していました。
綾子は当然こころの清らかな娘で、彼女なら亀田を幸せにしてあげられると確信していたのです。

ところが現実の綾子は、妙子の思うような人ではありませんでした。
綾子は「亀田が自分よりも妙子を愛しているのではないか」という不安に耐えられず、妙子に亀田から身を引くよう働きかけに来たのでした。

綾子への夢を打ち砕かれた妙子は、最後の精神の支えを失い、とうとう壊れてしまいます。
亀田に「私とこの娘と、どっちを選ぶの?」と詰め寄り、選択できなかった亀田は綾子を失います。

そして、それを見ていた赤間は亀田への嫉妬心が爆発し、力ずくで妙子を自分の元へ留めようとするのでした。

1951年公開

この映画で一番印象的だったのは、亀田が赤間の家に招かれる場面です。

家には年老いてボケてしまった母親がいて、3人が仏壇の前でお茶を飲む光景は、温かくてとても穏やかなものでした。
そして赤間と亀田が友情の証として「お守り」を交換し、静かに心を通わせる様子には、なにか胸を打つものがありました。

それだけに、なおさらラストシーンの衝撃は恐ろしく、悲しい気持ちになってしまいます。
妙子を殺してしまった赤間と、その事にショックを受けた亀田の二人の狂気は、もはやこの世のものとは思えない異様さです。
この恐ろしくて悲しく、そして不思議とコミカルに見えてしまう長い長い場面が、不可解ながら強烈に心に残りました。


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