「夫婦」は、倦怠気味の夫婦と、会社の後輩くんとの奇妙な同居生活を描いた物語です。

生活苦に押しつぶされそうになりながらも、人々がそれぞれ助け合い、寄り添って暮らす「密な」人間関係が新鮮でした。

庶民的な娯楽もアットホームな手作り感満載で、チャップリンもどきのパントマイムの舞台やダンスホール、個人商店の露天が並んでいたりして、ささやかながら楽しそうです。
暮れが押し迫り、ごった返す商店街や狭い路地にひしめき合う人の流れも、今となっては味わい深く感じるから不思議です。

同じ貧乏でも世知辛さの矛先が違っているというか、貧しさの度合いは凄まじいものの、逆に今よりも豊かな面もあるような気がしました。

ますます厳しくなると予想されるラストの展開も、なぜか力強くて明るい未来を感じさせます。
人はやっぱり、自分たちだけの為に頑張れるものでは無いのかもしれないと思いました。

爽やかで素敵な奥さん、菊子(杉葉子)

中原菊子は、結婚6年目の奥さんです。
このたび地方から東京へと転勤になったのですが、東京はまだ住宅事情が厳しく、なかなか住居が見つからなくて困っています。
お金があれば話は別なのかもしれませんが、生活は汲々としているし、会社が面倒を見てくれる訳でもありません。

困り果てた夫の中原は、会社の後輩で妻さんを亡くしたばかりの武村(三國連太郎)に、家を譲ってくれないか?とお願いしてみます。
彼も最初は、今の家はそのままそっとしておきたいと言って断っていました。
とはいえ人の良い武村は、結局 中原夫妻の為に1階部分を貸してくれて、不思議な同居生活が始まります。

渡りに船でホッとした二人でしたが、どうやらこの同居は最初から失敗のようでした。
武村は、綺麗で明るく、妻としても良く出来た菊子がたちまち好きになってしまいます。
菊子は菊子で、夫の中原には無い武村の良さを見て、それまでの鬱積していたような生活に、新たな張り合いが出てきたように見えます。

武村は、明るくて前向きな性格です。
大変な愛妻家らしかった彼は「あんな良い妻、他にいやしない」と嘆き悲しんでいましたが、菊子の良さが分かるにつれて、その痛手もたちまち癒えてしまいます。

居候の身と思い、いろいろと気遣ってくれる菊子に感謝の念を忘れず、いつも彼女を労います。
彼はもともと女性に優しいタイプだったらしく、彼女をダンスに誘ったりプレゼントをくれたり、週末には外食しようと提案したりと、よく気が付く人でした。

確かに菊子は、世話をする手間が一人分増えてはいました。
それでも武村が心から喜んでくれる姿を見ると、それを忘れるどころか、かえって活き活きして来たように見えます。
つい菊子が夫の愚痴をもらしても、共感の念をもって「お互いに頑張ろうね!」と励ましてくれるのでした。

くたびれた中年サラリーマン、中原(上原謙)

一方で中原の方は、最初から面白くありませんでした。
菊子は気を使っているだけなのですが、彼は妻が他の男にチヤホヤしているのを見て、だんだん自分が忘れ去られているような気がしてきます。

中原はどちらかと言えば夫という地位にあぐらをかいている所があり、妻の苦労にまで気を配る心の余裕がありません。
仕事は面白くないし生活は苦しく、いつも貧乏に怯えて縮こまっている感じです。

最初は彼も、武村に対抗しようと気を利かせてみたりもします。
上司からお茶屋での接待に誘われたのを断り、ちょっと奮発してお肉を買って帰ってあげた事もありました。

ところが家には丁度お客があって、お寿司を取ったばかりの所だったのです。
お土産のお肉も「まあ、もったいないわ」と、迷惑がられてしまうのでした。

こんな ちょっとしたスレ違いと、二人の楽しそうな様子が中原を不機嫌にさせ、彼はスネたり口うるさく文句を言うようになって行きます。
何かと衝突する事が増え、菊子もさすがに嫌気がさしてきて爆発し、とうとう実家へ帰ってしまうのでした。

絆を深めていく二人

菊子が母親に語るのを見ていると、中原もこの無理な同居をする前までは、これほど嫌な奴でもなかったようです。
もっと言えば、結婚当初はもっと覇気のある人だったのでした。
両親が彼の事をあまり買っていない様子を見ると、この結婚は二人の情熱から成立したものではないかと思われます。

菊子には不和の原因が分かっているらしく、さんざん母親に愚痴をぶちまけると、その日のうちに帰って来ました。
二人は別のツテを頼って、さっそく引っ越しをします。
新しい住まいは「子供禁止」という条件が出されていましたが、じつは菊子は妊娠していた事を黙っていたのでした。
「まだ半年あるから、何とかして探しましょう」
と頑張ろうとする菊子に対し、中原は
「やっぱり堕ろそう。まだ無理だよ・・・」と妻に宣告します。

菊子はいちどは病院へ行ったものの、やっぱり戻ってきてしまいます。
思い詰めた菊子の様子を見て、中原は心を決めました。
「何としても育てて行こう」
そこには、初めて見るような頼もしい中原の姿がありました。

1953年公開

この映画で一番印象に残ったのは、やはり厳しい住宅難の様子です。
住宅事情で子供を堕ろさざるを得なくなる展開には、衝撃を受けました。

戦後の住宅難は、終戦から8年経った時点でもまだまだ厳しそうです。
東京都には転入抑制がかかっていたにもかかわらず
世帯数の増加は留まるどころか増え続け
1947~49年には、ベビーブームも到来しています。

中原の「家はなかなか無いが、女房ならいくらでもあるだろう」
という毒のあるセリフも、まんざら誇張でも無さそうです。

会社の後輩の家に、先輩夫婦が転がり込むという状況は
もう それだけで映画の題材になってしまう特異な光景ですが
この頃の未曾有の住宅難にどう対処していたのかと言えば、
このような不自然な同居という過密状態で凌いでいた、というのが現実のようです。

だから、夫婦仲にヒビが入りかけていた二人にとって
普通の一戸建てに、3世帯が入った状態でも、
「とにかく見つかった!」と、大喜びなのですね。

そして、コネで何とか入れてもらった その家も
家主は間借り人を選びたい放題という感じで、
いろいろと注文を付けたり、暗に「謝礼」を要求する有様で
きっと市場に出ている家などは、手の届かない存在だったのでしょう。

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