「母と子」は、お妾である母と、その娘の深い愛情を描いた物語です。

この映画の中で特に印象的だったのは「正妻」の存在でした。
普通ならお妾さんに対して激しい憎しみを懐きそうな状況にあって、淡々とその存在を認めているのです。
昔の大金持ちなどは、跡継ぎを得るには止む終えないと割り切っていた所があるのかもしれません。

ところが生まれてくる子供にとってそんな事は関係が無く、結局は傷ついたり寂しい思いをしたり、生き辛くなってしまうのでした。

金銭で割り切ったり、体裁だけ取り繕われた家庭の様子には、寒々して恐ろしいものを感じました。

信じる事で救われているお妾、おりん(吉川満子)

おりんは、工藤という会社重役のお妾として生きてきた女性です。

彼女はあまり頭は良くないものの善良な人で、工藤を信じ切っている様子です。
おりんは2人の子を成しましたが、長男の孝吉(徳大寺伸)は本邸の跡継ぎとして引き取られ、娘と二人で暮らしています。

孝吉が家に来る時は「あちらはお変わりない?」と本邸の様子を聞いたり、決して長居はさせず「義理が悪いから」と早々に帰すなど、かなり気を遣っている様子です。

ところが おりんは人を疑う事を知らないというか、故意に詮索する事を避けているという感じもしますが、いい年をして能天気な所があります。

最近 工藤が寄り付かないのは「忙しいからだ」で済ませ、彼が別荘を提供してくれる事も「手切れ金」だとは受け取りません。

ところが実際の所、工藤は新しい妾をこしらえており、さっさとおりんと手を切りたいと思っています。
娘も息子も、おりんの妹も、皆だんだんそれが分かってくるのですが、おりんは最後まで工藤の事を疑う事なく、心臓の病気で亡くなってしまうのです。

家の存続を重んじる正妻、工藤夫人(葛城文子)

工藤の正妻である工藤夫人は、おりんとは正反対の上流育ちの賢い女性といった風です。

お妾への嫉妬といった感情は一切見せず、息子の孝吉がおりんを訪ねた際は
「あちらはお元気でしたか?」
などと、おりんを気遣っている様子です。

その冷静さは、おりんの事を妾というよりも「代理母」のように見なしている感じがして、ちょっと怖い気もします。

そして工藤夫人と孝吉との関係も不思議な感じで、他人のようなよそよそしさがあります。

孝吉は、自分の境遇に絶望していて
「妾の子なんて、両親のいる孤児みたいなものさ」
というのが口癖になっています。

歪んだ関係のツケが、次の世代に現れる

孝吉は一見大人しい性格ですが、どうやら裏では素行が悪くなってきたという事が発覚してしまいます。
会社の社員の間で、彼が女給を囲っているとか、ダンサーや芸者と関係を持っているという噂が広まって来るのです。

この噂は、そのうち二人の母親の耳にも入る事になります。
おりんは息子の堕落ぶりに憤りと悲しみを覚え、孝吉を責めますが、孝吉は聞く耳を持ちません。

「御自分の事はどうなんです」
と言い返されてしまい、妾の子として苦しんできた孝吉にとって、おりんの説教では説得力がないのでした。

一方、工藤夫人は
「遊ぶようでないと、良い仕事も出来ないでしょう」
などと、理解があるのか情が薄いのかよく分からない態度で、息子を叱りません。

こうして孝吉は、歯止めのないまま堕落した生活に落ちていくのでした。

1938年公開

この映画の恐ろしい所は、男が女を契約のようにお金で何もかも割り切って対処しているのに、女の方では男に心があると信じている所です。

そして何より、この「妾」というシステムをどこか社会が公認しているような所が、現代とは随分違うと思いました。

ただ心情的には問題があるとしても、男は子供たちが成人するまで生活費を渡し続け、年金代わりに別荘を与えている事を考えると、金銭的な責任は果たしているのかもしれません。

ただ、こうして生まれてくる子供の苦労を考えると、こういう風習が無くなって行ったのも分かるし、この頃でもあくまでも少数派のレアケースだったのだと思います。

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