「花籠の歌」は、銀座で評判のとんかつ屋が舞台の、都会的なのに江戸情緒も残った味のある映画です。

ファッションは着物や日本髪だけど、交わされる会話やキャラたちのノリが現代的で楽しい作品です。

ただ明るくて楽しい映画なのに、どこか「闇」を含んでいるような感じが残るのが気になりました。

妙に存在感のあるサブキャラ、李さん(徳大寺伸)

この映画でひときわ目を引くのは、何といっても上海出身のとんかつ職人・李さんです。
濁音が発音できないという独特の喋り方で、どこか間の抜けたお人好しキャラという感じです。

ところが、どうやらこのキャラはなかなか見どころのある抜け目の無い人物だという事が、物語の端々で分かってきます。
じつは着る物に気を使っているという洒落者であったり、学生が昼寝に部屋を使いたいと言えば「昼間は2倍だよ」と部屋代を請求したりします。
このとんかつ屋が流行っているのも、李さんが上海で仕込んだ技によるもので、余暇には作詞をたしなむという向上心も持っています。

とんかつ屋の娘・洋子(田中絹代)に密かに想いを寄せていますが、それも相当真剣な想いのようです。
ただ性格が大人しく、何よりも喋り方が間が抜けているせいか、彼を特別に重要視しているのは女中のおテルさんだけです。

イケメンで坊っちゃん育ちの小野(佐野周二)

お店に来る常連客の一人で大学生の小野は、甘やかされて育ったようなヌルい男ですが、イケメンでモテるタイプの男ですです。

同じくドラ息子的な堀田(笠智衆)とつるんで、とんかつ屋の看板娘洋子をからかいに来ます。
小野は田舎で旅館を営む家庭の次男坊で、そろそろ卒業後の身の振り方を決める時期に入っているようです。
自家の方から養子に行く話が出ているのですが、小野は気が向かない様子です。

そこで堀田は、このとんかつ屋の養子になる事を提案します。
堀田はしっかり者で、小野が洋子に気がある事も見抜いていて、進路を決めかねてフラフラしている小野の為に奔走してやる事に決めました。

当の小野は優柔不断な感じで「でもなあ~」と煮え切らない様子ですが、洋子の方ではこの話にかなり乗り気のようです。

認識の違いが生んだ悲劇

流れとしては「小野の落ち着き先」としての入り婿という風に見えるのですが、洋子の強い意思に引っ張られて話はまとまっていきます。
小野は、卒業までは学生を続ける事にして、とんかつ屋に見習いとして働き始めます。

ところが事の次第を知った李さんは、大きなショックを受け、店を辞めて国へ帰ると言い出します。
それまで呑気で軽いノリだった空気が、ここで一転します。
李さんの様子が尋常でなく、単に恋に破れた男の嘆きにしては深刻すぎるように見えるのです。

この店は父親が創業したものですが、李さんの貢献も大きいようです。
それを突然、全くの素人である小野が後を継ぐ事になったのだから、李さんからしたら面白くないはずです。
確かに、李さんへの配慮が足りなかったと言わざるを得ないでしょう。

おまけに李さんには、洋子と結婚して店の主人になるという野望があったように見えます。
この両者の認識の違いが、李さんに「裏切られた」という感情を抱かせたのではないでしょうか。

1937年公開

この映画で妙に印象に残ったのは、とんかつ職人・李さんの存在です。

ユーモラスでおちゃらけムードのストーリーとは裏腹に、李さんが失恋したときの表情や、彼が出ていくシーンだけはやけに深刻な感じです。
時代が時代なだけに、このエピソードには当時でいう支那との衝突という、苦い思いが込められているような気がしました。

それから、ラストに父親が言う「4年後は、すき焼きで儲けるぞ!」というセリフが気になりました。
これは当時、日本で初めてのオリンピック「1940年東京オリンピック」の開催が決定していた事を今に伝えています。
結局、1940年の東京オリンピックが開催されることは無かったのですが・・・。

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