「女が階段を上る時」は、銀座のバーを舞台に繰り広げられる、女たちの人生の物語です。
同じバーの仲間でも、様々なタイプのキャラたちの、それぞれに違った生き方が錯綜し、独特の人間関係を織りなす様子がリアリティたっぷりでした。
中でも、仲良しだけど対照的なタイプの圭子と純子という二人の関係性が面白く、価値観というのは人それぞれなのだと改めて気付かされます。
同じ場所に居合わせていても、二人はそれぞれ全く違った世界を生きているのだと思いました。
難攻不落の花形マダム、圭子(高峰秀子)
圭子は、銀座でバーの「雇われマダム」をしていますが、どこか水商売という世界に馴染めずにいます。
それは彼女の「私は、この階段を上がる瞬間が一番嫌だ」という、心の声に現れています。
圭子はスカウトされてこの世界に入ったものの、以前はありふれた主婦でした。
ところが早くに夫を事故で失い、家族も何かと足を引っ張ってくるので、とうとう固い仕事をやっていたのでは生活できなくなったのです。
そんな彼女には一つのポリシーがあって、自分自身にある「誓い」を立てています。
彼女は亡くなった夫の埋葬のとき、骨壷に自分の写真と手紙を入れたのでした。
「二度と男を愛さない。
どんな男にも許さない」
という手紙を・・・。
彼女はいま、年齢的に結婚するか、自分の店を持つかの決断を迫られる時期に近づいてきています。
そんな時、ある年配の常客が「店を持たせてやる」という出資の話を持ち出してきます。
もちろん「愛人になってくれたら」という条件つきですが・・・。
いよいよ心を決めた圭子は、その話には乗らずに『奉加帳』と称して、お馴染みさんに融資を募る方法で、自分の店を出そうと試みます。
高峰秀子さんの出演している映画
結婚に期待しないクールなリアリスト、純子(団令子)
純子は圭子の元でホステスをしている女の子で、パッと見は能天気で軽薄そうな印象ですが、内面は案外しっかりしています。
彼女は冷静かつ計算高い性格で、決して情に流されるタイプではありません。
普通に恋もしますが、あくまでも割り切ったドライな関係を保ちます。
恋愛の相手に対しても
「プロですもの。
好きな人からでも頂くわ」
と金銭を要求し、じつは最初から遊びのつもりだった相手の男をも たじろがせます。
純子には結婚願望は無く、圭子と違って彼女はこの仕事にとても積極的です。
何よりもお金が大好きな純子には、最初から「自分のお店を持つ」という野心があったのでした。
そんな彼女は、持ち前の人懐っこさで圭子に可愛がられていますが、彼女もまた圭子を慕っています。
圭子が骨壷に「ラブレター」を入れたという話をこっそり聞いて、彼女に憧れを抱くというようなロマンチストな所もあるのでした。
団令子さんの出演している映画
それぞれの道を行く女たち
圭子は自分の店を持つという目的に向かって、お客さんの所を回って融資を募りました。
ところが当初の見込みは外れ、予想通りに資金は集まりません。
おまけに自分の元で働いていたユリという子が、圭子より先に自分の店を持ったのも束の間、借金地獄で命を落とすという事態を目の当たりにします。
やっぱり独立するという事は並大抵の事ではないのだな・・・という不安がもたげ始めた頃、彼女は胃潰瘍を患って血を吐き、やむなく療養するハメになります。
こうして何かと悪いことが重なり、それだけでも弱っている圭子に最後の「トドメ」が襲います。
彼女の兄の上司がしていた借金が焦げ付き、保証人になっていた兄が罪に問われる所を示談にするため、圭子は裁判の費用を捻出させられてしまいます。
さらに兄の無心はそれだけで終わらず、今度は小児麻痺の息子の治療費が必要だと詰め寄るのでした。
圭子は目の前に、借金がもとで死んだユリの存在がチラついたのかもしれません。
「誰かにすがりたい」そんな悪魔のささやきのような誘惑が、心に忍び寄ります。
圭子の常連客の一人で、いかにもお人好しという感じの町工場の社長がいて、その彼が勇気を振りしぼって彼女にプロポーズをしてきたのです。
災難続きだった圭子にとっては彼がひどく優しく見え、安定した家庭というエサに目がくらんだ彼女は、彼の申し出を受ける決心をします。
ところがその男は、そのお人好しそうな印象とは裏腹に、なんと結婚詐欺の常習犯だった事が判明します。
ヤケを起こした圭子はその反動で、じつは密かに想いを寄せていた銀行の支店長の男に、とうとう身体を許してしまいます。
この支店長は、女たらしで有名な男でした。
ところがコチラは意外性のかけらもなく予想通りの展開で、目的を果たしたらサッサと転勤してしまうという周到さです。
圭子は一気に坂を転がり落ちるようにして、嫌というほど現実を見せつけられてしまうのでした。
一方で純子は、圭子が断った年配の男と「愛人契約」を交わし、圭子の見送ったテナントに入り、あっという間に独立してしまいます。
夢が叶った純子は、なんだかいつもより綺麗で、以前より自信がついたように見えました。
成瀬巳喜男さんの監督映画
1960年公開
この映画には、高度経済成長期の真っ只中、バー文化が大いに盛り上がった頃の銀座の様子が描かれています。
現在の銀座はといえば敷居の高い「高級クラブ」などの印象が強いですが、この頃は裕福な「中間層」が多かったので、中規模の店が乱立するという状態だったのではないでしょうか。
統計など実際の事は分かりませんが、映画からはそういう雰囲気が伝わってきます。
出店も多いけど需要もまだ充分にあったのか、この頃では小さくても銀座にバーを出すという事は「手の届かない夢」という訳でもなかったようです。
そしてこの物語のラストは、女性心理に根強く残る「シンデレラ・コンプレックス」を、粉々に打ち砕くようなものでした。
でも圭子は最後まで、自分に思いを寄せている小松(仲代達矢)の態度を嫌っていました。
よりによって彼が「色仕掛けの商売で一流になれ」と突きつけてくる過酷な要求は、何よりも受け入れがたい現実だったのでしょう。
水商売の世界を描いているという事もありますが、女性が男性に守ってもらっていた時代の終焉を暗示させるような、世知辛い世の中の幕開けを思わせるような物語でした。
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