「新道」は、前編と後編の2部構成になっているという結構な大作です。
欧米風の価値観と日本古来の風習が相まって、今から見たら少し奇妙な展開に見える恋愛ドラマでした。
ただ昭和11年の作品とは思えないような進歩的な内容で、戦前の日本の印象が塗り替えられるようでした。
かなりドラマチックな演出もあり、恋愛の高揚感が静かに表現されていて、どこかオシャレな映画です。
形骸化した価値観への反抗的な態度や、本当の幸せを掴もうとして自分だけの価値観を貫く様子には「新しさ」を感じました。
今を生きる情熱的な娘、朱美(田中絹代)
宗方子爵の娘である朱美は、開放的なブルジョア娘です。
思いのままに生きる情熱的な性格で、保守的な父親とはどうも意見が合いません。
朱美は母親の静養先である高原でハイキングしている途中、一平(佐野周二)という青年と知り合い、たちまち恋に落ちます。
ところが一平は、父親の気に入りません。
父親には、娘を仕事絡みの外交官と結婚させたいという目論見があるのでした。
ところが朱美は あからさまに外交官の男をあしらい、父親と真正面から闘う事をいとわず、むしろ父親の方が勢いで負けている感じです。
一平の家でも、二人の交際を認めてくれません。
伝統や形式を重んずる家庭のようで、一平の母親には朱美の奔放な振る舞いが理解できないのです。
朱美は一平の母に邪険に扱われてしまいますが、一向にメゲないどころか、彼女の恋愛がもたらす幸福感が揺らぐ事はありませんでした。
ところが朱美は妊娠し、一平は飛行機の事故で死んでしまいます。
さすがの朱美も眼の前が真っ暗になりますが、それでも一平が子供を残してくれた事に感謝するのでした。
そして、今度はこの子を一人で育てていく事に生き甲斐を見出していきます。
この朱美というキャラには、封建時代の女性につきまとう忍従の姿勢は無く、義理人情へのプレッシャーも跳ね除け、人に頼ろうともしません。
実際こういう女性が大勢いたかどうかは分かりませんが、こういう空気が若い人の中には存在していたようです。
気が弱くて消極的な従姉妹、歌子(川崎弘子)
朱美には、歌子という姉妹のように育てられた従姉妹がいます。
歌子にも野上(佐分利信)という恋愛相手がいて、二人はラブラブな様子です。
ところが野上は勉強の為、近日外国へ行く事が決まっているのです。
歌子は朱美と違い、おとなしい気弱な性格です。
何か事情があって、朱美の家で養育してもらっているという負い目もある事から、野上を待つ事は出来ないだろうという恐れが支配しています。
歌子は朱美に「どっちが幸せになるか競争よ」などと言ってはいますが、人から与えられるのを待つタイプで、自分で運命を切り開こうとはしません。
封建的な女性の典型という感じで「朱美さんは良いわね」と羨ましがる事はあっても、とても朱美の真似などは出来ません。
幸せを掴み取ったのは、どっちか?
朱美は、子供の籍を入れる為に一平の弟である良太(上原謙)に会いに行きます。
ところが良太の話によると、赤ん坊は入籍しても弟・良太の私生児になってしまうのだと言います。
戦前の法律では、そうだったのでしょうか?
朱美の子供を私生児にしない為には、弟と形式上の結婚をして、後で解消するしか手段はありません。
結局二人は形式上の結婚をし、通い婚みたいな生活を送る事になります。
そして良太は次第に朱美が好きになり、本当の結婚に発展していくのです。
ここがこの映画の一番奇妙なところですが、ちょっと良太のキャラが非現実的な気がします。
ともあれ朱美は良太の事も気に入ってしまい、父親とも和解を遂げ、良太の母親の気持ちまで折れさせてしまいます。
でも これほどの信念や行動力があれば、それも不可能ではない気がします。
一方歌子は、どうしても子爵の女婿になりたい例の外交官に結婚を迫られ、とうとう承諾してしまいます。
野上がその後帰国して、どうやら成功している様子が映し出される事で、いっそう歌子の弱さゆえの敗北が強調されています。
1936年公開
「新道」が作られた1936年という時代は、歴史の出来事で捉えると二・二六事件があった年などという事しか分かりません。
この頃の女性の価値観がどんなものだったかという事は、今となってはもう分かりません。
だから、こんな時代の映画が残っているというだけでも相当に興味深いものがあります。
以前は私も、日本の近代化はあたかも「戦後アメリカから民主主義がもたらされた事によって成立した」という認識でした。
でも、こんな進歩的な女性が戦前の流行映画で描かれているのを見て、戦前の時点で相当に近代化が進んでいた事を知りました。
日本の古い映画には、けっこう今見ても優れた作品が数多く存在する事には驚かされます。
ただ やはり現存する数としては相当少ないようで、残念でなりません。
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