「子供の四季」は、大人の対立に巻き込まれながらも、しなやかな感性で明るく成長する子どもたちを描いた物語です。

とても穏やかで深く、言葉にならない思いや温かさなどが、しみじみと伝わってくる作品でした。

日本画のような大胆で洗練された映像には、機材などが乏しかった時代とは思えぬ奥行きと広がりを感じます。

中でも子どもたちの、一人が号令をかけると、仲間たちがファ~ッと駆け出してくる光景が印象的で、なにか神秘的な魅力が漂っていました。

そして彼らが次々と遊びを思いつき、全力で取り組む様子には感心してしまいます。

ハイカラな出で立ちの立派なお爺さんが、乗馬や弓道をたしなむ姿もカッコ良く、仲間はずれにされてしまった孫のためにDIYでブランコや木馬を作るという頼もしさで、思わず憧れます。

そして何かと対立しがちな男たちの間に立って、心を通い合わせる女たちの素朴な美徳は、疲れた心を癒やしてくれるようでした。

のびのびとした元気少年、三平(横山準)


好奇心旺盛なワンパク小僧の三平は、とある牧場の次男坊です。

三平はある日、馬に乗った立派なお爺さんと毎日馬に乗せてもらう約束をした事で、自分もお爺さんやお婆さんが欲しい気持ちが芽生えてきます。

ところが実はこのお爺さんは、三平の本当のお爺さんだった事が分かってきます。

三平のお母さんは、父親の反対を押し切って結婚したために勘当されていたのですが、両親が孫を見たさに とうとう許しに来たという訳です。

三平のお爺さんは「小野」という名前で、立派な製織工場の社長でした。

お母さんの結婚が許された事で、三平は突然お爺さんから
「この工場も、あの煙突も、あのタンクも
みんな善太、三平のものなんだぞ」
と聞かされます。

ガキ大将気質の三平は、これを聞いて大喜びです。

ところが、この話をよく思わない人物がいました。
その名も「老獪」さん、ですw

ミスター老獪は小野家の分家の娘婿で、製織工場の同族経営に反感を抱いています。
彼は、三平のお父さんがお爺さんに内緒で、会社から借金をしていた事をネタに暗躍を始めます。
お父さんとお爺さんの双方を怒らせて、せっかくの勘当取り消しを撤回させ、三平たちを追い出してしまうのでした。

そして そんなゴタゴタの中、病に臥せっていたお父さんは、とうとう亡くなってしまいます。

横山準さんの出演している映画


巧みに空気を読む少年、金太郎

ミスター老獪の息子である金太郎は、お父さんの影響をモロに受けてしまう可愛そうな立場です。

子どもたちは天真爛漫ながら、大人たちの世界で何が起こっているのか理解できる賢さも持っています。
きっと理屈や何かではなく、感情やオーラを読み取って認識しているのでしょう。

とつぜん現れた三平が社長になって、お父さんや自分が子分になってしまう事
三平は大学へ行かせてもらえるけど、自分は行けないであろう事など
両親のする「大人の会話」の内容が、ちゃんと飲み込めています。

そういうのもあって、金太郎は三平を仲間外れにしたりするのですが、三平の方では全くの「ウェルカム」状態です。
三平はみんな一緒の方が楽しいし、とにかく「楽しむ事」に目がないのです。

ところがミスター老獪は、あくまでも三平の家の借金を利用して、小野家に背く企てをします。

まず彼は「こういう借金は経理上よろしくない」と、合資会社から合名会社に変える所から始めます。
そして返済が長いこと滞っているのを良い事に、「福利計算」という雪だるま式の計算を用いて、会社の資本金並みの巨額な借金に仕立て上げるのでした。

お爺さんは娘のために借金を引き受けるしかなく、家屋敷を差し押さえられてしまいます。
それでもお爺さんには、自分の会社以外に借金を完済できる資産などありません。
しまいにミスター老獪はお爺さんの背信行為として追求し、裁判沙汰にまで発展させて行きます。

子供たちはお爺さんの庭で遊ぶ事ができなくなり、金太郎は父親が何をしているののかを何となく理解します。
すぐさまお父さんに、遊び場を返してくれるよう頼みに行きますが無駄でした。

遊び場を失った子どもたちは、椎の実ひろいに出掛けます。
ところが いたたまれない思いの金太郎は、みんなの為にサービスしたい気持ちで一杯になります。
木に登って枝をゆすり、みんなが椎の実をたくさん拾えるよう頑張って、とうとう木から堕ちてケガをしてしまうのでした。

子どもたちに、敵なし

そのころ会社では、新たな問題が発覚していました。

ミスター老獪が、ライバル会社の重役を兼務していて、小野製織を潰す謀略を企てているという疑惑が持ち上がったのです。

同業会社の重役を兼務するのは法律違反なので、それが事実なら老獪はいずれ尻尾を出すだろうと、お爺さんは予測します。

そしてとうとう老獪の奥さんが、ライバル会社から送られてきた重役宛ての通達を見て、夫が本家を裏切った事を知ります。
奥さんは さすがに夫の行為を認めるわけにもいかず、お爺さんに打ち明けるのでした。

それでも老獪は最後まで許しを請う事なく、工場を去っていきます。

こうして親たちが対立を深める中、子どもたちは あくまでも心を一つにしていました。

杖をついて歩く金太郎を、三平たちが代わり番こにおぶって帰る姿には、小さな身体に似合わぬ たくましさを感じます。
かつてお父さんが遺した「強く、正しく生きよ!」という言葉が蘇ってくるようでした。

こんな風に凝り固まった考えの大人が残した「怨恨」は、世代が交代する事でリセットされて行くのかもしれません。

清水宏さんの監督映画


1939年公開

この映画はひとつのファミリーの物語のようで、何か大きなメッセージを感じる作品でした。
中でもいちばん強く印象に残ったのが、お父さんの遺言です。

「これからの一生で、人より得をしようと思っちゃいけないよ。

人が5銭で買うものは、10銭出しなさい。
10銭で買うものは、15銭出しなさい。

これは勉強でも仕事でも、同じことだ。
そして強く、正しく生きるんだよ」

この言葉は映画の時代背景的に、帝国主義が吹き荒れていた大植民地時代のメタファーではないかという気がしました。
そしていよいよ「西洋かぶれ」が本格化する以前の、日本人の遺言のようにも聞こえます。

戦後は日本も、悪名高い「東京裁判」ですっかり侵略者のレッテルを貼られてしまいました。
ところが蓋を開けてみれば、さんざん大陸や半島に投資した挙げ句の果にすべてを失った、というのが実際の所ではないでしょうか。

「得をしようと思うな」
とは、どこかの宗主国のように植民地から絞れるだけ絞って、楽をしようとするな。であり
「強く、正しく」
は、自分たちは決して屈服するな。という戒めに聞こえます。

では日本は敗戦して屈服したのかと言えば、どうも違うような気がします。
それは闇に閉ざされていた現代史が解明されてくる中で、徐々に真相が見えてくるのではないでしょうか。

そして「老獪」というキャラクターは、日本がずっと抗い続けてきたものを象徴しているように見えました。

「合資会社を合名会社にする」という場面などは、家という まとまりを壊したい「共産思想」の匂いがプンプンするし、借金で首が回らなくなるように仕向けて骨抜きにするという「国際金融資本」の手口も、日本ではお見通しだったという感じです。

そして老獪が眼病を患う様子は、彼がどんどん真理から遠ざかっている事を現しているのかもしれません。

日本という国は、ひとつひとつの家が集まって大きな集団を形成することで力を結集してきましたが、この堅固なシステムが近代に入ってからというもの、常にあの手この手で侵食されようとしているのだと思います。

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