「大阪の宿」は、ある要領の悪い男が左遷されつつも、底辺の人々と触れ合う事で少しづつ社会を理解していくという物語です。

戦後の大阪を舞台に、人々のモラルの荒廃ぶりがこれでもかと次々に突きつけられ、悲しい気分になりました。
その殆どは貧しさゆえで、元は善良な人たちだった事が表現されています。

この後日本は、驚異的な経済復興を遂げて経済大国に返り咲いて行く事になる訳ですが、モラルの低下という面では完全に復活できたのかというと、それは大きな疑問です。
貧しさゆえの荒廃は収まったと言えますが、戦前の日本やもっと遡った古代から受け継がれてきた日本文化というものは、どんどん劣化して来ているように思えます。
それは、古いものや歴史を知れば知るほど明らかになって来ています。

この映画の主人公の杞憂は、きっと経済だけの問題ではないような気がするし、むしろ現代の日本は経済に重きを置きすぎるくらいに思えます。

浮かない顔のサラリーマン、三田(佐野周二)

三田は、曲がった事が嫌いな実直な性格で、勤め先である保険会社で上司と衝突し、暴力沙汰を起こした事で大阪へ左遷されてきたばかりです。
とりあえずの住処として安宿に落ち着く事にしたのですが、どこか苦労知らずの坊っちゃん育ちな所があって、ファンキーな宿屋の従業員たちとはあまりウマが合わない様子です。

三田は、生活に困った女中や、宿に出入りする人たちの荒れ遊んだ生活を見て、だんだん気分が落ち込んで来ます。
女中たちは宿屋の客に身体を売ったり、職が見つからない亭主のために客の金を盗む者、仕事に縛られて子供にも会えない母親など、悲惨な状況です。
他にも宿の紹介で買った生地が偽物で、苦情を言いに行った事がキッカケとなり、生地屋の娘が宿屋の客に身を任せたりと、三田の常識ではあり得ないような事が次々と起こります。

三田はこうした人々の生活を否定しますが、かといって自分自身の人生にも自信が持てずにいした。
彼は過去の平和だった頃の記憶の中に生きているような所があり、その象徴とでもいうように、町で出会った名前も知らない上品なお嬢さんに淡い恋心を抱いているのです。

佐野周二さんの出演している映画


豪快だけど淋しげな芸者、うわばみ(乙羽信子)

うわばみは、三田とは社用で馴染みの芸者です。
なかなかの人気者のようですが、彼女は今の自分の境遇に落ちた事が悔やまれてならない様子です。

どうしてこの世界に入ったのかは分かりませんが、弟が失業して彼の家族を助ける為に送金しているので、今となっては足を洗う事は不可能だと言います。
ところが この世界に入ったが最後、さんざん男の慰み者になって、老いたら路上で野垂れ死ぬのだという事は分かってしまっています。
うわばみは、こんなどうにもならない自分を、どこか気の合う三田が救ってくれるような淡い期待を抱いたようです。

でも三田は友情は感じていても、うわばみを一人の女性として愛してはいません。
ところが うわばみの住む世界では男女の友情など存在せず、うわばみにとって三田の態度は偽善のように映るのでした。

三田とうわばみの不思議な関係

三田は、こうして大阪へ流されて来た後も、東京での失敗を本心からは反省していませんでした。
「世の中が間違っている、正義が勝つのだ」といった考えが強すぎるため、相変わらず組織の中で生きづらい毎日を送っています。

そして、ここでもまた非人情的な醜い争いが巻き起こるのを見て、反発を覚えるのです。
それでも今度は、以前よりはじっと我慢をして感情を抑え込もうとします。
ところが今度は、うわばみがキレてしまうのです。

偶然、三田の勤める会社がお茶屋で会合を開いた席に、うわばみが芸者として呼ばれていたのです。
三田の気持ちがよく分かったうわばみは、自分が三田に成り代わって悪漢に「頭から酒を浴びせる」という制裁を与えたのでした。

どうやら うわばみも、気性が三田と良く似ているようです。
結局この騒ぎが原因で、三田は今度は東京へ飛ばされる事になってしまいました。
うわばみは三田に迷惑が掛かった事を謝りますが、三田は今度は清々とした気分になったようです。
そして今まで軽蔑していた宿の女中たちや、生地屋の娘の心境が少しは理解できるようになって来たように見えます。

1954年公開

この映画には、大阪の復興期の混沌とした様子が描かれています。
一番象徴的なのは、旅館の女将が最後まで格式を守ろうとしながら、とうとう資金繰りで行き詰まり、旅館を“ラブホ”に転換せざるを得なくなるというエピソードです。
旅館の経営が厳しくなった現実だけでなく、ラブホにすれば大儲けできるという時代が到来したという事が表現されているのです。
そこからは、それだけ男女の関係も乱れ切っていたという事が分かります。

三田が憧れていた上品な女性も、父親の守りが薄かったせいで弱肉強食の経済戦争で負けてしまい、これから苦労する事が示唆されています。
東京よりも歴史や蓄積の古い大阪という伝統的な都市が、長い間守ってきたものを壊され、新たな勢力へと世代交代していく様は、あまり希望が持てるような状況では無かったようです。

五所平之助さんの監督映画


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