「女優須磨子の恋」は、日本の新劇の立ち上げに奔走した作家・島村抱月と、彼を支えた女優・松井須磨子の物語です。

保守的な生活に嫌気が差した情熱的な二人が、家族やしがらみを棄てて夢を追求する姿には、エネルギーと希望が満ち溢れていました。
ところが意外な結末で驚くとともに、世の中そんなに単純なものでもないかな・・・というような「戒め」のような感覚が残る作品でした。

男は理想を求める事に満足していても、結局女の方では男を助け、共に生きる事に幸せを感じていただけのように思えます。
そんな生きる道を無くしてしまった女は、新たな人生を見つけるか、この世から退場するしか考えられず、周囲の期待は重荷でしかなかったのかもしれません。

新しい時代を切り開く孤高の女優というイメージの彼女も、本当は夫への愛だけが生き甲斐で、家族を失ってしまった女性の儚さを感じました。

家庭を棄てて自由な生き方を選ぶ、島村(山村聡)

島村抱月は、大学の文学部で教授をしながら、師匠の坪内逍遥と共に日本の新劇を普及させる運動をしています。

時代は明治の末期であり、ヨーロッパ的な近代演劇は、まだ日本の社会で受け入れられていません。
島村は中年に差し掛かってはいても、精神的には「青い」感じで、反骨精神や高い理想を掲げています。
大学の授業でも、自由で先駆的な生き方を推奨していて、学生に人気があるようです。

そしていま彼の関心は、フェミニズムの走りのような内容であるイプセンの「人形の家」の題目で、新劇を作りたいという事に向けられています。
そこで問題なのが、ヒロインのノラを演じられるような女優がいないという事です。
この全く新しいキャラクターを演じられるような女優が、日本にはまだ存在しないのです。

そんな島村ですが、彼は家庭に問題を抱えています。
彼の実家は貧しく、奥さんの家の援助によって今の地位を築いたという弱みがあります。
ところが奥さんは、とても保守的な人で
「あなた、ああいうお芝居をやって頂いては困りますわ。自分ひとりの為に、夫や子供を棄てて家を出ていくような・・・」
と劇の内容に反感を持ち、大人しく教職で収まっている事を強制してきます。
二人の様子からは、お互いが愛情で結ばれた結婚ではない冷たさが伝わってきます。

山村聡さんの出演している映画


情熱とパワーを持つ女優、松井須磨子(田中絹代)

島村は偶然、彼の主催する演劇研究所の研究生・松井須磨子が夫と激しい夫婦喧嘩をしている場面に出くわします。

ところが彼が須磨子に事情を聞いてみると、彼女の置かれた状況はまるで「人形の家」のようで、須磨子の激しい気性もノラにそっくりな事に気が付くのです。
島村は「ノラを演じられるのは、この女しかいない!」と確信します。

彼は嬉しくなってしまい、もはや家庭の事などそっちのけで劇の完成に没頭していきます。
そして、この日本初の本格的な新劇は大好評の成功を収め、須磨子は注目の新人となります。

島村は須磨子と一緒に劇を作り上げて行くうちに、だんだん彼女に惹かれるようになります。
そして須磨子も、島村の愛を受けて立つ勇気を持っていました。

ところが世間では、この二人の結びつきに大反対の大騒ぎです。
須磨子は劇団の会長の坪内から、島村と別れなければ解雇処分にすると言い渡されます。
そして島村も、娘の縁談は破断になり、師匠からは破門を予期させる警告が出されます。

ところが須磨子は、一歩も引き下がるつもりはありませんでした。
島村も心は同じで、家庭を捨てて全ての人の反対を押し切り、須磨子と共に劇団・芸術座を結成します。
わずかばかりの協力者と資金で、苦しい全国巡行を始めるのでした。

田中絹代さんの出演している映画


理想と現実の間で、もがきながら突き進む二人

芸術座の巡行は、ヒットもあれど劇団の内部分裂や資金難、旅から旅の生活も心身ともに疲労困憊といった様子です。
日本だけでなく朝鮮半島から中国大陸、台湾まで巡業するというハードさです。

それでも二人の情熱と才能が実を結び、芸術座は新劇の普及に成功していきます。
ところが、やっと芸術座が世に認められてきたという時、島村は当時大流行していたスペイン風邪に罹り、あっという間に亡くなってしまうのです。

そして島村の亡き後、須磨子の努力と才能を認めた坪内逍遥や昔離反していった団員たちも戻り、須磨子に芸術座をリードして欲しいと請うのでした。
それを聞いた須磨子は、萎えていた気力を奮い立たせます。

ところが暫く公演を続けたものの、須磨子は島村の後を追って自ら命を絶ってしまいます。
須磨子はずっと自分の活躍できる道を模索していて、島村によってそれを見出したものとばかり思っていたので、彼女の行動は意外でした。

一方で棄てられた筈の元妻がお葬式で見せた態度は、毅然としていて須磨子を問題にすらしていない様子でした。
結婚とは家と家との結びつきであり、感情や実績は二の次だという現実を見せつけられて、今度こそ須磨子は拠り所を失ってしまったのかもしれません。

自立も良いけれど、やっぱり女性の幸せというのは男と全く同じ、というわけにも行かないような気がしてくる結末でした。

さんの監督映画


1947年公開

松井須磨子は、センセーショナルなヒットを数々生み出し、私生活でも波乱に満ちた人生が話題となり、当時は大変なブームを巻き起こした伝説の女優のようです。

今でも、彼女の歌ったヒット曲「カチューシャの唄」や「ゴンドラの唄」のフレーズは有名です。

彼女らの作品は「人形の家」とか「復活」などの欧米の劇が中心で、当時の社会の西欧化運動に一役買っていたのではないでしょうか。
ただ、それが海外のものを模倣するだけでなく、日本の感性も混ざり合って、独特の新しいカルチャーとなっている所が良いなと思いました。

大正ロマンという何とも言えない甘い響きは、欧米そのものとも違う、それまでの日本にも無かった新しい文化となって、今から見ても新鮮さを感じるくらい豊かな広がりを見せたという所に、日本の底力を感じます。


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