「朧夜の女」は江戸情緒たっぷりの物語で、最初は江戸時代の話か?と思ったくらいです。

ところが所々に出てくるエピソードで、どうやら昭和の話だという事が分かって来て、ちょっと驚きます。

舞台は浅草の下谷界隈の話なので、下町ではまだ昔ながらの生活が続いていたのかもしれません。
この映画が作られた1936年という時代は、すごくモダンで自由な空気があった一方で、思いっきり封建的な価値観もガッツリ残っていたという事を偲ばせています。

このやや封建時代寄りの昭和を描いた映画も、レトロモダン好きにとっては興味深い世界かもしれません。

物語は、花柳界の女と学生との悲恋を描いていますが、叔父さん叔母さんを中心とした江戸っ子たちの下町風情がベースになっています。

昔ながらの義理人情系ファミリーの息子が、弁護士を目指す!

染物屋を営んでいる文吉(坂本武)は、チャキチャキの江戸っ子気質で、面倒見が良すぎて奥さんに怒られてばかりいます。

二人に子供はいませんが、文吉の妹・お徳(飯田蝶子)がしょっちゅうやって来ては、息子の話ばかりして行きます。

お徳はいま、息子を法律家に仕立て上げようと、がむしゃらになっています。
彼女は、夫が人に騙されて無念の死を遂げた事から、その敵を討ってもらう為に一人で苦労してきたのでした。

ところが息子の誠一(徳大寺伸)は、お徳の夢が重荷になっているようです。

誠一は最近 勉強に身が入らず、小説に夢中になっているのでした。
お徳は何とかして誠一を勉強に専念させたくて、文吉に相談を持ちかけます。

文吉は仕方なく説得はしてみるものの、気晴らしをさせようと思ったのか、遊び人の悪い癖が出たのか?
甥を飲みに連れ出し、挙句の果てに女給さんのいるバーへ誘ったりするのでした。

誠一、色っぽい世界にのめり込む・・・

ところが誠一はその店で出会った、元は芸者だったという女給に気を引かれ、相手も誠一の事が気に入ってしまいます。
女給の照子(飯塚敏子)は、花柳界で色々と不遇な目に遭ってきたらしく、ちょっと影のある女です。

小説にハマっている誠一としては、こんな艶っぽい女に興味が無い筈はありません。
照子は照子で、堅気で初々しい学生さんの存在が新鮮に映った事でしょう。
照子に手を引かれるようにして、二人はたちまち恋仲になるのでした。

叔父さんの、すごすぎる骨折り

誠一は決していい加減な気持ちで照子と付き合っていた訳ではないようですが、なにせお徳の執念には凄まじいものがあります。
とても彼女との付き合いなど打ち明けられる筈もなく、秘密の逢い引きを重ねるうちに、照子が妊娠してしまいます。

それでも誠一はお徳を説得するどころか、打ち明ける事すら出来ません。
子供のように狼狽えて、文吉に相談するのが精一杯です。

文吉は元遊び人なので
「どうしたい、レコでも出来たか?」
などと察しが良く、メチャメチャ頼りになる叔父さんぶりです。
今どきの叔父さんだったら、こうは行かないような気がします(^^;

文吉が取った解決策は、照子には自分が手を付けた事にして、生まれてくる子は妻・おきよ(吉川満子)に面倒を見てもらおうというのです。

いくら面倒見が良い叔父さんでも、これはちょっと行き過ぎのような気もしますが、驚いた事に、渋々ではありますが おきよも子供の養育を引き受ける決心をするのです。

人が良くて面倒見の良い叔父さんや、物分りの良い大人な叔母さんは、照子を大切に扱いました。
そして本当の事を知らないお徳は、照子の出産についてあれこれ心配して、優しい言葉をかけてくれます。

この優しい人々に囲まれて、照子はだんだん苦しくなってきます。
子供を引き取ってもらう代わりに、誠一とは手を切る約束をさせられています。
その一方で、誠一がこっそり会いに来て「今は無理でも、将来は一緒になろう」みたいな事を言います。

挙句の果てに、照子は病気に罹って死んでしまいます。
そして怖い事に、お徳は何も知らされないまま、映画は幕を閉じます。

これは、何とも後味の悪い最後でした。
前半は大人たちの軽快なやりとりが面白く、江戸時代のような人情味溢れた下町風情が楽しかったのですが、やはり義理と人情には束縛と忍従が付き物なのでしょうか・・・。

1936年公開

この「朧夜の女」の監督 五所平之助は、同じ年に「新道」という映画も撮っています。

こっちは非常にモダンな「思いのままに生きる、お金持ちの娘の物語」で、まるっきり別世界のようです。
同じ時代の女性でこうも違うものか?と別の国の別の時代の話でも見ているようでした。

生活様式から価値観、使う言葉までが違っています。
例えば「新道」のお嬢さんは、相当に自分本位なのに対して
「朧夜の女」の女給さんは、あくまでも他人の幸せを優先させます。

昭和初期という時代は、色々な意味で多様な時代だったのかもしれません。

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