「早春」は、倦怠期を迎えた夫婦のピンチを描いた物語です。
まだ若いサラリーマンたちが未来に希望が持てない「暗さ」が漂っていて、昔の映画なのに今の気分に通じるものがありました。
主人公の夫婦も、まだ若いのに夫婦生活は冷え切っています。
妻はツンケンしていて愚痴っぽく、ずいぶん所帯じみています。
夫の方はまだまだ遊び足りないといった風で、通勤仲間と毎日マージャンしたり、休日にはピクニックに出かけたりします。
ところが一見キャッキャしている仲間たちも、実は絶望的な気分を秘めている事がだんだん分かってきます。
生き甲斐を失ってしまった妻、昌子(淡島千景)
結婚8年目を迎える昌子と杉山は、すでに倦怠期を迎えている様子です。
昌子はいつも不機嫌だし、杉山も無口なので会話も弾みません。
ほとんど惰性で同居しているような、形だけの夫婦といった風です。
夫の給料は安くて生活は苦しく、住宅は日当たりの悪い長屋のような住まいで、昌子の不満は蓄積しているようです。
ただ、昌子の不機嫌にはそれなりの原因があるのでした。
昌子は、生まれて間もない子供を病気で亡くした経験があります。
杉山とは情熱的な恋愛を経て結婚したのですが、その悲しい出来事を乗り越えられず、二人の関係は冷え切ってしまったようです。
淡島千景さんの出演している映画
未来に希望が持てないサラリーマン、杉山(池部良)
杉山は安月給のサラリーマンですが、この先どうやら出世できる見込みの無い事が見えてきています。
近所の通勤仲間たちと麻雀をやったり、ピクニックに出かけたりと けっこう楽しそうにやっていますが、どこか冷めている様子です。
ところが、将来が暗いのは杉山だけではありません。
仲間たちが麻雀やパチンコをしきりにやっているのも「ガス抜きでもしなけりゃ、やってられない」という空虚な気分からです。
杉山の先輩で、さっさとサラリーマンに見切りをつけてカフェバーを営んでいる人がいますが、彼もどうやら振るわない様子です。
ベテランの先輩も「会社なんて結局は薄情なものさ」とこぼしたりして、ちょっとサラリーマン生活への後悔が入っています。
極めつけは、バーで隣り合わせた定年退職したての侘しい老人のグチです。
定年後は、退職金で子ども相手に駄菓子屋でも始めてささやかに生きて行こうと目論んでいたのに、それすら叶わぬ夢だったと話します。
それを聞いている現役組は、あまりの深い絶望オーラに返す言葉もありません・・・。
池部良さんの出演している映画
おざなりの生活に訪れた「夫婦の危機」
杉山は、キンギョ(岸惠子)というあだ名の通勤仲間にモーションをかけられ、彼女と付き合うようになります。
キンギョは最初、軽いノリで誘ってきたのですが、彼女がだんだん本気になってきたために事態が深刻になっていきます。
通勤仲間が二人の仲に感づいて騒ぎ出すし、それをキッカケにして昌子にまで知れてしまう事になるのでした。
昌子は杉山に詰め寄りますが、それでも杉山は煮え切らない態度です。
昌子は、とうとう家を飛び出しました。
そんな時、杉山に転勤の辞令が降りるのです。
だからといって どちらかが折れるわけでもなく、別居生活は続きます。
けっきょく二人は喧嘩別れしたまま、杉山は地方へ転勤してしまうのでした。
小津安二郎さんの監督映画
1956年公開
この映画が封切られた1956年頃はというと、花のサラリーマン時代が到来し始めているところです。
高度経済成長は、1954年から1973年までの19年間と言われています。
経済白書は「もはや戦後ではない」と宣言し、経済成長率は年平均10%以上でした。
結果論でいえば、この映画で表現されているサラリーマンたちの憂鬱は監督の杞憂だったという事になります。
ただ戦前の日本を知る小津安二郎監督としては、経済だけでは語れない「日本の大切な何か」が失われていくのを感じていたのかもしれません。
そういう意味では、この映画に込められた「予感」は的中していたような気がしてしまいます。
そしてこの映画で面白かった、ちょっと時代を感じさせるエピソードがありました。
病気で休職中の同僚・三浦くんが「丸ビル」の大ファンだという話です。
もちろん この頃は旧丸ビルなわけですが、丸ビルは昭和戦前期で最大の「東洋一のビル」といわれていたそうです。
旧丸ビルは、日本で始めての「ビルディング」建築だったんですね。
三浦くんは、丸ビルに魅せられて丸ビルに勤めたい一心で今の会社に入社したのでした。
彼は「秋田の田舎から出てきた自分にとって、まるで外国にでも来た気分だった・・・」と語っています。
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