「33号車應答なし」は警察官と殺人犯の逃走劇で、クリスマス・イブのたった一晩の間に起こった出来事を描いた物語です。
夜の街の高揚したテンションと緊張感が、パトカーの車窓を通した臨場感となって伝わってきます。
警察への通報には、呑気な酔っぱらいから、一家心中しようとして自殺に失敗する男、事件に巻き込まれて命を失う男など、同じ東京の同じ時間の中にも様々な人間模様があります。
こういう様々な人生に触れる事の多い巡査という仕事は、けっこう特殊なものだと思いました。
特に夜勤は、普通の人が一生のうちに一度も経験しないような場面に出くわす事もあるのでしょう。
慈善家だと思っていた男が凶悪犯の一味だったり、そういう男が普通の住宅街に溶け込んでいたり、無垢に見える娘がすごく残酷だったりする様子は、平和な日常と狂気の世界は決して別世界ではない事を物語っていて、恐ろしくなります。
正義感に燃える若手巡査、村上(池部良)
村上は正義感の強い男で、身の危険も顧みず、使命感から警察官になった若手巡査です。
ところがこの頃の警察官というのは、どうやらあまり報われない職業だったようです。
アパートでは「ただ酒を飲めて良い身分だ」とか「弱い職業の人間をいじめている」という陰口を叩かれているし、飲み屋で酔っぱらい女を補導する際には、通行人に野次られたりします。
ひどいのになると「強盗に入られたから助けて欲しい」という通報に駆けつけると浮浪者のイタズラだった、なんて事もあります。
「通報したら本当にすぐ駆けつけてくれるかどうか試した」などという不届き者に対しても「我らは公僕だからな」という感じで、為す術が無いのです。
他にも、ぼったくりバーに遭ったというので行ってみると、男がホステスと「今晩のお相手」について交渉をしているのを連れが勘違いした、なんて事件とは程遠いような戯言にも煩わされるのでした。
そんな村上の家庭は、まだ新婚ホヤホヤです。
奥さんは夫が警察官なのを承知で結婚したものの、人々から疎まれたり、危険な目に遭う事が心配で、早くも転職を勧めたりします。
クリスマス・イブの日、村上は奥さんから近所の悪口を知らされて嫌な気分になりました。
近所の理解が得られないのはまだしも、奥さんがそんな事を言われて小さくなっている事に腹を立てたのです。
二人はそんな初めての喧嘩をしたまま、夜勤の夜を迎える事になってしまうのでした。
池部良さんの出演している映画
人情家で寛容な中年巡査、原田(志村喬)
原田はベテランの巡査で、村上と二人で組んで夜回りをしています。
人情味溢れる人で、子供が4人もいるのに今晩も5人目の子が生まれる予定です。
ところが、今夜は麻薬密輸と殺人で指名手配中の「浅沼」という男の為に厳戒態勢に入っており、通常より緊張感が高まっています。
そんな時でも、巡回中というのは様々な出来事に遭遇してしまいます。
産気づいた奥さんをリヤカーで運んでいる夫婦を見つけたら、パトカーで病院に送ってあげたりもします。
貧乏なこの夫婦は、知り合いの病院だと安くしてくれるという理由で、陣痛が始まっているというのに、遠くの病院へ真冬にリヤカーで行こうとしているのでした。
他にもスピード違反の車を追いかけたりもします。
あるタクシーが猛スピードで疾走しているのを見つけた原田たちは、ただちにその車を追跡します。
何とか追いついて、運転手に後日の出頭を命じると解放してやるのですが、そのとき後ろには若い娘の乗客がいました。
巡査の顔が父親に似ているといって、しきりにバカ笑いしています。
原田は「箸が転がっても可笑しい年頃だから」と気に留めませんでしたが、村上は「あの娘ちょっとイカレてるんじゃないですか?」と疑問を持つのでした。
志村喬さんの出演している映画
恐怖の逃避行
その後も色々な出来事があって何かと忙しい夜ですが、原田たちのパトカーにタクシー殺人の通報が入ってきました。
それが現場に到着してみると、さっきスピード違反で捕まえたタクシーだったのです。
運転手は殺され、車は乗り去られていました。
原田は若い娘である乗客を疑いもしませんが、村上は何か引っ掛かるものがあります。
でも確信もないため、運転手さんの家へ赴いてお参りをしたら、またパトカーで巡回を始めます。
そして今度は、空き巣に入ろうとしている未成年を発見して追跡したところ、子供はある玩具工場へと逃げ込んで行きました。
原田が工場を尋ねてみると、そこは浮浪児を引き取って育てている篤志家の家で、事件も未遂だったため主人に免じて深く追求する事はしませんでした。
ところが、原田は工場のガレージに見覚えのある車がある事に気付きます。
それは、運転手を殺して逃走した例のタクシーだったのです。
驚いた原田がパトカーに戻ろうとした瞬間、後ろから何者かに殴られてしまいます。
何とこの工場は、指名手配の殺人犯・浅沼のアジトで、慈善家というのは仮の姿だったのです。
そして、あの笑い上戸の娘は浅沼の女でした。
浅沼は今晩外国へ逃亡する予定で、船着き場まで無事にたどり着く算段をしています。
パトカーは逃走するのに都合が良いという事になり、原田と村上は拘束されたまま、無線で嘘の情報を流しながら浅沼を船着き場まで乗せる事になってしまいます。
谷口千吉さんの監督映画
1955年公開
1955年というのは、殺人事件が急激に増えた頃のようです。
件数の推移のグラフを見ると、戦争末期から急激に減り、終戦から1955年くらいにかけて急に増えています。
これは「率」ではなく「件数」の統計ですが、その後2005年くらいまで人口が増え続けて来た事を考えると、やはり今よりもずっと治安が悪かったのだと言えそうです。
そういう時代に、あまり報われない境遇にもかかわらず命を張って巡査という職業に就いている人達がいたのだという事を、今に伝えている作品でした。
他にも原田の子供が5人もいたり、薬局に青酸カリを買いに来る客がいたりするエピソードは、今から見ると時代の違いを感じさせます。
一般人の警官に対する意識も、今とは違ってかなり敵対心を持っている様子が描かれています。
この頃は、法律を守っていたのでは行きていけないような境遇の人が多かったという事なのでしょうか?
冒頭のアパートの場面で、主婦が集まって御用聞きに「配給は鏡(もち)にして」とか「ヤミ2枚ね」という注文をしている所が出てきます。
1955年にまだ闇物資が流通していたというのはピンと来ませんが、どうやら物資が行き渡るようになってもなお、お米に関しては長い間政府の統制が続いていたようです。
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