「わが町」は、フィリピンの道路開拓に命を懸けた、不屈の精神を持つ男の生涯を描いた物語です。

いきなり冒頭から
「アホんだらァ!
人間はなァ、体を責めて働かにゃ、骨がバラバラになってしまうんやぞ」

というキョーレツなセリフと、背中の見事な龍の「彫り」の絵から始まり、なかなか面食らいますw

このタァやんのポリシーは、主要産業が農業からテクノロジーへと転換した現代の風潮とはまるで対照的で、公開当時からすでに時代錯誤な雰囲気の作品だったようです。

ただ今のような時代になってみると、逆にこういうキャラが新鮮に見え、そして驚きがあります。
ほぼ空襲で消滅したであろう大阪の下町人情や、無骨なあらくれ者の子育ての様子には、人間くさい暖かさを感じました。

ところが物語の終盤は、悲しく殺伐とした展開になって行きます。
まるで明治時代の華々しいスローガンと、その後の重たい現実との対比を皮肉っているようでした。

荒々しい情熱を持つド根性男、タァやん(辰巳柳太郎)


佐度島他吉は、生まれも育ちも大阪天王寺なのに、ベンゲットの「タァやん」と呼ばれています。

彼は明治末期、フィリピンのベンゲットという難所で、道路開拓を成功させたチームのボス的存在でした。
そしてタァやんは、アメリカ人も匙を投げた難工事を、日本人が成し遂げた所に意味があると確信しています。

ところが道路の完成には、多くの日本人の命が失われるという大きな犠牲を伴いました。
おまけに何とか生き残った人たちも冷遇され、タァやんたちは泣き寝入りのような形で日本に帰るしかありませんでした。

タァやんの中には、難工事を成功させたという自負と、仲間たちに報いる為にもう一度ベンゲットへ赴いて、正当な報酬を奪還しなければならないという思いが、強く焼き付いてしまいます。

ところがタァやんが帰国してみると、フィリピンに発つ前夜に一夜をともにしたお鶴が、彼の子供を生んでいた事を知らされます。
お鶴は働きながら子供を育てる過酷な生活で病気になっていて、タァやんの帰還を見て安心したのかに、あっという間に亡くなってしまいます。

タァやんは子供を育てるために車引きの仕事に励みますが、心の中にはいつもベンゲットへの思いが燻り続けていました。
まるで「わが町」というタイトルは、大阪天王寺ではなくベンゲットの事を指しているのではないかという気がしてきます。

娘の初枝は無事に成長し、恋愛結婚をしますが、不幸なことに彼らは火事で新居と職を失ってしまいます。

ところがタァやんは、何を血迷ったのか、お婿さんに「ベンゲットへ行け」と言い出します。

お婿さんは足自慢のマラソンが得意な青年ですが、特に体力にも根性にも自信のない、どちらかと言えば気の弱い質でした。
たわ言と聞き流しておけば良いものを、新婚早々に職を失ってしまった弱みと、タァやんの「強い押し」に負けて、本当に旅立ってしまいます。

思った通りというか、お婿さんのフィリピン行きは、散々な結果をもたらしました。
お婿さんは風土病に罹って亡くなり、すでに身籠っていた初枝も、失意のあまり出産の際に亡くなってしまいます。

タァやんは、また一から一人で乳飲み子を育てる事になるのでした。

祖父の因縁がつきまとう孫娘、君枝(南田洋子)

タァやんの孫・君枝は、父親に従順だった初枝とは違い、ちょっとタァやんに似ている所があります。
彼女は自分の意思がはっきりしていて、決してブレない気の強さを持っています。

君枝はおじいちゃんの事を「タァやん」と呼び捨てにしたり、登校拒否をするなど、何か問題を抱えている様子です。

君枝の支えは、近所の少年・次郎ボンでした。
次郎ボンは君枝の気持ちを理解して、無理解で乱暴なタァやんとの関係を取り持ってくれます。

君枝は学校で、両親がいないという事からイジメられ、一人ぼっちだったのです。
彼女は、頑なに学校へは行きたくないと言い張ります。

それが分かった時タァやんの対応は、これがまた変わっています。
学校から帰ったら、車引をしているお爺ちゃんの後を着いて来いと言うのです。

君枝はよほど寂しかったのか、必死でタァやんの後を追います。
転んでも、同級生にイジメられた時のように泣くことはありません。

お爺ちゃん譲りの根性を持っているのか、以前よりもずっと明るく、強い子になって行くのでした。

南田洋子さんの出演している映画

愛する者を護ってきたつもりが・・・

月日は流れ、君枝も美しい娘へと成長します。

終戦を迎えた大阪で、君枝は久しぶりで次郎ボンと再会します。
次郎ボンは潜水夫という変わった職業に就いていましたが、これは「体を責める」ような危険を伴うお仕事のようです。

二人はたちまち恋に落ちて、結婚の約束をします。
タァやんは最初こそ乗り気ではありませんでしたが、君枝の決意は固いものでした。

そして次郎ボンがフィリピンのマニラ湾へ、沈没した戦艦を引き上げに行くのだと知らされ、大喜びします。
次郎ボンの「日本の潜水夫の技術を見せに行くんだ」という意気込みに魅了され、たちまち二人の結婚を歓迎するようになるのでした。

ところが次郎ボンは、突然フィリピン行きを止めると言い出します。
タァやんの態度は豹変し、次郎ボンと大喧嘩して、君枝が後を追おうとするのを止めます。

こうしてタァやんがどんなに反対しても、君枝の決心は変わりません。
次郎ボンがフィリピン行きを断念したのは、君枝が妊娠したからだったのでした。

怒ったタァやんが君枝を打つと、君枝もタァやんに平手打ちをかまし、ふだん言えなかった胸の内をぶちまけてしまいます。

「今までお爺ちゃんのしてきた事は、ムダな事ばっかりや。
一人だけ良い気になって、みんなの幸せを邪魔ばっかりしてきたんや。

お母ちゃんかて、お父ちゃんかて、お婆ちゃんかて、みんなそうや。
ウチだけは、お爺ちゃんに自分の幸せを邪魔されとうないねん」

さすがのタァやんも、この君枝の言葉にガックリきてしまうのでした。

川島雄三さんの監督映画


1956年公開

君枝たちのタァやんへの反抗は、まるで戦前の日本に対する批判のように見えました。

確かに、維新後の日本はずっと何者かに欺かれているとしか思えないくらい、おかしな歴史を辿ってきたと思います。

ただ、だからといって次郎ボンのような態度にも何か違和感を覚えてしまいます。
「命が惜しくて、何が悪いんです」
と開き直る様子は、こんどは戦勝側の作った新体制へ飛びついているように見えます。

これでは、ある意味タァやんとあまり変わらないかもしれません。
いい加減、いいように操られている事に気付かなければ、いつまで経っても同じことの繰り返しなのではないでしょうか。

映画の中で繰り返し出てくるタァやんの口癖「人間は体を責めて働かにゃ」というを聞いていたら、何となく行商の人たちの姿が浮かんできました。
あの荷物の重さはなんと80や100キロになる事もあり、その荷物を担いで山を越える人もいたそうです。

これが みんな女性であり、ぜんぜんマッチョじゃないどころか、小柄なお婆ちゃんもいたりするんですよね。
やっぱり日本人って「何か」ある気がします。

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