「鶴八鶴次郎」は、寄席を舞台に繰り広げられる、新内コンビ・鶴八と鶴次郎の、愛と芸の道との葛藤の物語です。
最初は文化的に遠すぎて なかなか入って行けなかったのですが、見れば見るほど味わいが出てくるような作品です。
主人公・鶴次郎の意地っ張りな生き方も、初見では驚くような展開だと思いましたが、だんだん理解が深まって行くようでした。
競争社会を無理して上り詰めようとせず、愛する人との生活にも執着しない男の生き様に「粋」というものを見せられた気がします。
ただちょっと残念なのは、鶴次郎が負け犬のような感じで終焉を迎えるところです。
とはいえ、この辺が この時代の限界だったのかもしれません。
才能があって若くして成功した芸人が、苦労する事で角が取れて芸に磨きがかかり・・・というよくある展開ではなく「人気商売のはかなさ、もろさに嫌気がさした」という主人公の実感に、真実味を感じました。
我が道を行く、職人気質の鶴次郎(長谷川一夫)
鶴次郎と鶴八は、新内語り(浄瑠璃の一種だそう)の名手で、幼馴染みのコンビです。
若くして才能を開花させた二人は、技だけでなく人を惹きつける「華」があるのか、異例の速さで成功への階段を登り始めています。
鶴次郎の仕事への姿勢は厳しく、それだけに相方への要求も容赦がありません。
鶴八に恋しているのに芸の事となると一歩も譲れない質で、彼女とは しょっちゅう喧嘩が絶えません。
ことに鶴次郎は自我が強く、意地を張っては物事をややこしくしてしまう所があります。
長谷川一夫さんの出演している映画
勝ち気だけどバランス感覚のある、鶴八(山田五十鈴)
鶴八(おとよ)も負けん気が強く、気位の高いところは鶴次郎によく似ています。
とはいえ こちらは世渡りが上手で、その時々の状況に従う柔軟さを持っています。
彼女も鶴次郎の事を想っているのですが、彼はいつも喧嘩をふっかけてくるし、ちっとも好きだという素振りを見せてくれず、愛されている実感が持てません。
そして鶴次郎の地位は師匠である鶴八の母親の引き立てによるという事もあり、喧嘩になればいつも鶴八がマウントを取るような言動に出てしまうのでした。
山田五十鈴さんの出演している映画
誰もが認める、二人の絆
芸人としては順風満帆な二人ですが、じつは鶴八は進路について迷っていました。
鶴八には、先代からの「御ひいき」さんがいます。
そして その松崎(大川平八郎)という人に結婚を申し込まれていていて、芸を捨てて家庭に入るかどうか決断しかねているのでした。
それを聞いた鶴次郎は、即座に「一緒になるなら私と・・・」と心の内を打ち明け、鶴八は一も二もなく承諾します。
二人の心はとうとう一つになり、鶴次郎の「自分の寄席を持ちたい」という夢に、鶴八も大乗り気になるのでした。
分かれ道
二人は実力・人気ともに絶好調ではありますが、まだ自分の寄席が持てるような資金はありません。
貯めるには10年はかかりそうな勢いで、結婚は独立が成就してからとなると、鶴八は気が気ではありません。
鶴次郎との「もう若旦那とは縁を切っておくれ」という約束を破り、秘密で松崎から資金を融通してもらいます。
ところが早々に融資の出処が見つかってしまい、鶴次郎は癇癪を起こして二人の結婚は壊れてしまうのでした。
結局、鶴八は松崎と一緒になり、コンビを解消した鶴次郎はだんだん落ちぶれていきます。
それを見かねた元・付き人であった佐平(藤原釜足)は鶴八に頼み込み、鶴次郎を窮地から救ってもらうべく、再びコンビを組む流れになります。
そして久しぶりの公演は大成功に終わり、帝劇への出演という華々しい再結成への道が拓けるのですが・・・。
成瀬巳喜男さんの監督映画
1938年公開
この年は「国家総動員法が公布される」というバリバリの国家主義的な時代ですが、作品の時代背景は「明治から大正初期にかけて」あたりの設定らしいです。
それにしては「江戸時代の話かな?」と思うくらい、生活様式が昔風だと思いました。
ところが昭和初期の映画を見ていると、戦前までは けっこう江戸時代的な文化が残っていた事が分かってきます。
とくに東京の下町界隈では その傾向が強かったように思います。
この作品からも、近代化・西洋化と言っても それは一部の人の話であって、まだまだ「和の芸能が全盛」という雰囲気が伝わってきました。
このごろ「本当に日本人が、みずから自国の文化を手放したのか?」という疑問が湧いてきています。
東京の下町などは欧米化社会の風潮を避け、細々と昔ながらの生活を守っていたのかもしれないと・・・。
そして鶴次郎の頑ななまでに意地を通す態度からは、かつての江戸っ子が握っていた「庶民の自治」のようなものを感じました。
単なる嫉妬心と取れないこともありませんが、誰かに頼って築き上げたものは いずれ回収される・・・というのが現実かもしれないと思いました。
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