この「吾輩は猫である」には、特に猫の視点みたいな描写はありません。

ただ猫の目からでも見たように、人間たちが巻き起こす「しょうもない」騒動が滑稽に描かれています。

それでも各々がマイペースに、何だかんだいっても楽しくやっている様子が好きです。

風刺なのかナンセンスと言えばいいのか分からないような独特でシュールな笑いのセンスなので、好き嫌いが分かれるところかもしれません。

庶民たちが ささやかながら、楽しく悠々と生きている光景には、ある種の憧れを感じてしまいます。

マイペースに生きる英語教師、苦沙弥(丸山定夫)

苦沙弥(くしゃみ)は、旧制中学(今でいう高校)の英語教師です。

家では「勉強する」と言いながら じつは好きな絵を書いていたり、しょっちゅう友達が遊びに来たりして、なかなか呑気そうな生活です。

そしてクシャミ夫人は、子供がまだ小さい割には すでに古女房の風格を醸しています。
この夫婦の、憎まれ口を叩き合いながらも側に寄り添う姿を見ていると、まるで相手にケチをつける事でコミュニケーションを取っているような仲睦まじさがあります。

最近クシャミの周りには、近所の金持ちの家である「金田」にまつわる話が、やたらと舞い込んできます。
最初は夫人が現れ、クシャミの教え子である寒月(かんげつ)という男について、色々と探りを入れにやって来ます。
どうやら金田の娘が寒月を気に入り、彼が博士論文を書いて学士になれれば、嫁にやっても良いと考えているようです。

次に現れたのは、多々良(たたら)という かつての教え子です。
彼はこんど、金田に雇われる事になったのを報告しに来たのでした。
多々良はいま、世界大戦による景気上昇に乗り遅れまいと、株の売買に夢中です。
「学問はもう古い、これからは金を持ってる奴が一番強い世の中になる」と、野望を抱いている様子です。

そして昔の同窓の一人も金田に仕えていて、彼はクシャミに「寒月に博士論文を書くように仕向けて欲しい」と言いにやってきます。
彼は金田に使われていながら、表裏を上手に使い分けています。
「金持ちになるには、三角術がいる。
つまり義理を欠く、人情を欠く、恥をかく」
と言いたい放題で、お腹の中では軽蔑しながら、金田に仕えているのでした。

丸山定夫さんの出演している映画


人を担ぐのが大好きなトモダチ、迷亭(徳川夢声)

クシャミには、彼の更に輪をかけたような自由人の迷亭(めいてい)という仲間がいます。
彼は人を担ぐのが趣味で、どこまでが本当でどこまでが洒落なのか?良くわからない人です。

彼がシャレを言う時はいつも真顔なので、クシャミ夫人などは真に受けてしまいますが、それでも迷亭は最後まで種明かしをせずに突っ走ります。

ある時など、クシャミ夫人に夫のグチを聞かされて返答に困ったメイテイは
「しかし、彼は月並みでないのが良いところですよ」
と言ったものの、夫人に
「皆さん、月並み月並みっておっしゃいますけど、いったい月並みとはどういう事を言うんですの?」
と、月並みの定義を質問されたメイテイの返答が・・・
「中学生に白木屋の番頭を加えて2で割ると、立派な月並みが出来ますよ」です。
これで夫人が納得したようには到底 見えませんが、少なくとも夫への愚痴は収まったようですw

こんな彼のシャレも、内輪では罪のないイタズラで済まされますが、金田夫人にそういうのは通用しませんでした。
夫人がクシャミ宅を訪れたとき、そこにはメイテイが同席していました。
そして高慢な夫人の態度を見て触発されたのか、彼はいつもの調子で、自分の叔父が男爵だと平然と言い放ちます(もちろん嘘ですが)。

クシャミも彼女の人を見下す態度や、人を雇って自宅の会話を盗み聞きさせていた事を知らされ、その無礼な振る舞いに反発を覚えます。
そして寒月の事を聞かれても、素直に教えてあげる気になれず、金田夫人の反感を買うのでした。

徳川夢声さんの出演している映画

教え子をめぐって騒動が勃発

金田は、自分に逆らうクシャミに対し「金持ちの怖さを知らない奴には、思い知らせてやる」と反撃に出ます。

彼は、自分が出資している寄宿舎に命じて、組織的で手の込んだ「嫌がらせ」を始めます。
最初は学生たちの、歌う踊るの騒音攻撃でした。

そして次は、キャッチボールのボール拾いによる家宅侵入です。
正義感の強いクシャミは学生を捕らえて説教をしますが、彼らに反省の様子が見えないので、寄宿舎の責任者を呼びつけます。

責任者の「今後は、お断りしてから取らせて頂きます」という約束に安心したクシャミですが、もちろんその責任者もグルなのでした。
今度は学生らが「こんにちは、球取らせてください」と言いつつ、大挙して引っ切り無しに押し寄せてきたのです。
こんな騒ぎの連続で、クシャミは神経が参ってしまいます。

そこへ金田に遣わされた多々良が仲介にやって来て、すべては金田の仕業だと告白しますが、彼の理屈は こうです。

「サラエボの青年が爆弾を放った事で第一次世界大戦が始まり
その大戦による景気上昇が金田のような成金をつくり
その成金に雇われた学生が、この家に嫌がらせをしているのだから
先生もちゃんと世界情勢を見て、時流に乗って実業家になるべきだ」

と「風が吹けば桶屋が儲かる」みたいな話をします。
何でもいいから時流に乗れ!みたいな感じで、第一次世界大戦の影響による「大正バブル」の沸き立った気分を現しているようでした。

山本嘉次郎さんの監督映画


1936年公開

原作は明治の物語ですが、映画では時代背景が大正に置き換わっていました。
そして映画の封切りが「二・二六事件」の直後だった事を思うと、まるで時代と逆行したような能天気な内容とのギャップに驚きます。

暗い時代に嫌気がさして、平和で景気の良かった大正時代を懐かしみたい気分だったのかもしれませんが、一方で金田の破産は第一次大戦後の恐慌を彷彿とさせます。

そしてバブルといっても豊かになったのは一部の産業に限られ、庶民はむしろインフレに悩まされていたようです。
クシャミたちが成金の金田家にいまいましい気分を抱く様子は、そんな情勢を表現していたのかもしれません。

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