娘・妻・母

「娘・妻・母」は、家庭内の微妙な摩擦をリアルに描いたホームドラマです。

親子や兄弟同士が普段は仲良くしていても、いざとなったら それぞれ損得感情が暴露する場面はかなりシビアで、ちょっと怖いものがありました。

そしてヒロインが、夫との死別を機に自立しようと願っているのに、誰一人応援してくれず結局はふたたび不本意な道を選ぶ展開には、悲しいものがあります。

日本の家族の在り方が、親と同居するのが当たり前だった時代から核家族へと、世帯構成が移行し始めた頃の「気まずいムード」を感じる物語でした。

お嫁に行くしか能がない!?長女、早苗(原節子)


坂西家の長女・早苗は、社会に出た経験がありません。
現代的でドライな気質の兄弟たちの中で一人だけ浮いている、おしとやかで古風なタイプの女性です。

彼女は老舗の商家へ嫁いでいますが、夫婦仲は上手くいっておらず、堅苦しい家風にも馴染めなくて、しょっちゅう実家へ逃げ帰って来ます。

そんなある日、とつぜん夫が旅行中に交通事故で亡くなってしまい、早苗は早々に婚家先から出される事になりました。
実家では家族が集まり、早苗の今後について話し合いますが、兄弟たちは心配しているようで どこか突き放した感じがします。

庶民的な兄弟から見たら、ブルジョアだった早苗は少々妬ましいような部分が無くもなかったようですw
それぞれの職場にコネで就職できないか検討してはみますが、結局は「早苗には仕事など務まらないだろう」という結論で一致してしまいます。

早苗はとりあえず実家へ戻りますが、今となっては兄の代になっている家での兄嫁との同居は、どこかギクシャクしたものがあります。
彼女は自活したい気持ちはあるものの、どうすれば良いかわからず漠然と過ごしていました。

そんな早苗を、遊び好きで仕切り屋の妹が何かと遊びに連れ出してくれます。
そこで彼女は年下の黒木(仲代達矢)という男性に出会い、二人は恋に落ちるのでした。

原節子さんの出演している映画


結構いい加減な長男、勇一郎(森雅之)

長男の勇一郎は、父親が亡くなり坂西家の主となっていますが、どこか頼りない感じの男です。
じつは勇一郎には、家族に言えない秘密があります。

彼の奥さんは親がいなかった為、叔父に育てられたという負い目があります。
その叔父が町工場を経営していて、資金繰りに困るといつも勇一郎に借金を頼みに来るのです。

勇一郎はハッキリと断る事ができず、叔父への融資のために、家族みんなの財産である不動産を抵当に入れて借金しているのでした。
ところが叔父は、経営不振を理由に更に借金を重ねようとします。

勇一郎は最初こそキッパリと断りますが、叔父はしつこく食らいついてきます。
そこへ思わぬところから現金が舞い込みます。

それは、早苗の夫の生命保険でした。
早苗に保険金が降りた事を知った勇一郎は、叔父の借金を「投資話」という事にして、早苗から現金を預かろうとします。

早苗は気が弱くて嫌とは言えない性格だし、居候という立場の弱さもあって、この話を承諾してしまうのでした。

森雅之さんの出演している映画


結婚という名の就職

早苗はお勤めは向かないものの、美人なのでお見合いの話はさっそく舞い込んできます。

でも早苗は、黒木との恋でやっと小さな幸せに目覚め始めたところです。
本当は何とか自活の道を探りたい気持ちですが、就職への道は閉ざされたままです。

そうこうしている内に、叔父の工場が破産してしまいます。
叔父は姿をくらました後で、勇一郎には借金だけが残されました。

勇一郎は、緊急に家族会議を開きます。
そこで彼は初めて家族に対して、家を抵当に入れて借金し、そのお金で工場に融資をしていた事を打ち明けます。
借金を返済するには、いま住んでいる家を売らなければならないからです。

兄弟たちは、父親の遺産相続も済まないうちに勇一郎の独断で家を抵当に入れていた事、財産を失ってしまった事に大ブーイングします。

ところが開き直った勇一郎の一言で、空気が一転します。

「話し合いの余地がないなら、勝手にしたら良いだろう。
その代わり、お母さんの面倒もお前たちで見てやってくれ。
親を扶養する義務は、兄弟みんなにある筈だからな。」

この話が出ると、みんな固まってしまいます。
話は家を明け渡したあと母親をどうするかという話から始まって、遺産は貰いたいけど母親の面倒は見たくないという赤裸々な話題へと移って行きます。

古風で心優しい早苗は怒り心頭になりますが、保険金で母親と二人で商売を始めようという提案も、母親自身に「あんたにそんな事出来っこない」と否定されてしまいます。

けっきょく早苗は「ぜひお母さんも一緒に来てください」と言ってくれるお見合いの話に、乗ってしまうのでした。

成瀬巳喜男さんの監督映画


1960年公開

この映画で強烈に印象に残ったのは、お母さんの還暦祝いのアットホームな雰囲気と、親の扶養「義務」のなすりつけ合いの光景とのギャップです。

この家庭はそこそこ仲良しに見えるし、ごく一般的な家庭という感じです。
逆にそこが怖いところで、これはこういう家庭にも起こりうる事なんだという事を彷彿とさせました。

これは兄弟たちがドライでエゴイスティックなのが悪と見る事もできますが、一番こころ優しい早苗も解決はできないという事実も見逃せません。

彼女は自分の生活すらままならない状態で、親を扶養するなど問題外という感じです。
結局は「お母さんも一緒に来てOK」と言ってくれる おじいちゃんの所へ嫁ぐ決心をしますが、母親は娘の自己犠牲など望みません。

行き場が無いという意味では母親も早苗も同じで、早苗はまだ引き取ってくれる所があったというだけの話だと思います。

早苗の出戻りが決定したとき、兄弟たちは「早苗には仕事は無理ね」と結論づけました。

でも言い換えれば、誰も無能な彼女をコネで入れられるような、人事に口出しできる身分ではないという事を物語っています。
次男だけは独立しているものの、彼のところは「年齢制限」のある業界です。

結局は早苗がこれからどうやって生活をたてて行くかを親身になって考えてあげるどころか、彼女の命綱である生命保険のお金をむしり取って行く有様でした。

長男は、父親の残した財産があればこそ、母親との同居が可能だったというニュアンスの事を言っています。
所詮は大した身分でもないくせに、無理してお金を貸したり、バー通いやゴルフをするなど、生活水準ばかりが先行していた訳です。

こういう現実をとことんリアルに描くことで、親の面倒とはキレイ事だけでは済まされない「シビア」な問題だという事を、教えてくれるような物語でした。

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