「驟雨」は、結婚4年目になる倦怠気味の夫婦の、壊れそうで壊れない不思議なつながりを描いた物語です。

人間のチカラ関係というのは、態度の大きさや社会的地位、頭の良さで勝利するのかと思いきや、現実は違っている事が多かったりします。
人間関係において何が勝敗を決めるのかというと、それは結局「強い意志」を持つ側なのではないでしょうか?

主人公の文子は一見弱そうでいて、強い意志を持った主婦でした。
実はこういう人が一番手強く、表面的にいきがっている人の方が弱いのではないか?という気がしたくらいです。
ガンガン来ればサッと引いて相手をかわし、プレッシャーを与えられても頑として不服従を決め込むので、手がつけられないという感じです。

ところが強い意志を持つのは容易な事では無く、案外 周囲の言動に影響を受けたり、本心を見失ってしまうのが人間の弱いところかもしれません。
そういう意味では ちょっと見習いたいような、戦わずして自分の思い通りを貫く主婦の姿が描かれていました。

メソメソしているようで実はたくましい主婦、文子(原節子)


文子は、表面は従順そうな主婦を装っていますが、実はけっこう頑固なところがあります。

たとえば彼女は、ノラという犬を餌付けして半飼いにしています。
ところがノラは、何かと近隣とのトラブルの元となっています。
ご近所の靴や帽子をくわえて来たり、ひどい時になるとお隣さんの鶏を噛み殺してしまったりします(!)

そのたびにご近所さんが苦情を言いに訪ねて来ますが、文子はそんな場をやり過ごすのが なかなか上手です。
丁重に謝って相手の怒りを削ぎ「対処します」と言って、その場をおさめてしまいます。
それでいて、結局はノラを手放そうともしないし、正式に飼う手続きを踏むわけでもありません。

とうとうノラが原因で「常会」という地域の会合までが催されますが、文子は何食わぬ顔で出席します。
それどころか、その場を借りて自分に陰口を叩く人に対して反論する事は忘れません。

そして文子は、家庭でも常にマイペースです。
彼女は、お隣さんや親戚などと「お出かけ」するのが苦手なタイプです。

ところが約束した時点では曖昧にしておいて、当日になって気分が落ち込むという形で、キャンセルするというのが彼女のやり方です。

こうした彼女の、対立を避けつつも同調圧力に対抗する様子には、内に秘めた強い願望が感じられます。
そんな文子は、大っぴらに表現はしないものの、夫に対しても何か不満を持っている様子です。

原節子さんの出演している映画


消耗し切ったヨレヨレの夫、並木(佐野周二)


文子の夫・並木は、くたびれて覇気のない日常を送るサラリーマンです。

高級化粧品のセールスマンをしていますが、この職業は彼にとって不本意な様子です。
彼はかつて外国文学を研究していたインテリ風の男で、今の自分を「この仕事は、食うだけだ」と卑下しています。

売上競争に明け暮れ、満員電車に揺られるストレスからか、彼は胃の病気を患っています。
見ている方がイライラしてしまうような激しい「貧乏ゆすり」がクセで、それはメンタルの限界を表しているようです。

並木は家庭でも沈んだ様子で、文子との会話も弾まず、口を開けば愚痴やため息ばかり。
ただこの夫婦の口喧嘩はちょっと手が込んでいるというか、冷ややかな言い回しが上手です。
どちらも負けておらず、どこか互いへの不満を皮肉る事を楽しんでいるようにすら見えます。

こうして何とかギリギリの生活を保っている並木ですが、そんな彼を更なる試練が襲います。
彼の勤める会社が吸収合併された事により、営業課からの人員整理を要求されたのです。
会社側は4名の希望退職者を募り、条件として「特別手当」を支給すると言います。

並木の営業仲間がちょうど4人なのが、何かを暗示しているようで笑えます。
そして案の定というか、この4人は一時金に飛びつきたい気持ちに駆られるのでした。

佐野周二さんの出演している映画


本領を発揮する文子

並木は都会の生活に嫌気がさし、田舎でのんびり暮らしたいという気分が強くなっています。
彼の中では希望退職して一時金を受け取り、農業を営む実家へ戻って畑を手伝うというシナリオが、ほぼ決定してしまいます。

そんな並木の思惑に、文子はいつもの調子で表には出さないものの、不満だという事がひしひしと伝わってきますw

ところが突然、営業仲間の3人が、商売を始めようという話を持ちかけてきます。
串カツを出す小料理屋を始めようというのですが、どうやらこの話の裏には、文子を担ぎ上げようとする意図がミエミエなのでした。
彼女の美貌をウリにした「家庭的なサービス」を、店の看板にしようというのです。

この思っても見ない展開に、じつは以前から働きに出たいと思っていた文子は、大乗り気になります。
彼女はうだつの上がらない亭主の元で、貧乏に怯えながらの生活にホトホト嫌気がさしていたのでしょう。

しだいに盛り上がっていく仲間と文子の楽しげな様子とは裏腹に、並木の表情が曇っていきます。
並木は小料理屋の女将どころか、文子が働きに出る事にすら反対しているのでした。
しまいには怒って友人たちを追い払い、文子とは深刻な言い合いになって行きます。

並木は田舎行きが嫌なら別れるしかないと離婚をほのめかしますが、文子は引き下がるどころか益々ヒートアップします。

「自家は弟さんがやってらっしゃるんですよ。
急に転がり込んで行って、食べるだけは何とかなるだろうなんて・・・。
そんな甘い考えで田舎に引っ込むつもりなの?

胃袋が弱ると、気持ちまでタルむものかしら」

と、ふだん抑えている感情が溢れ出し、それはもう手厳しい言葉を浴びせるのでした。
そして、このまま離婚するのか・・・?という雰囲気のまま、夜は更けて行きました。

ところが夜が明けてみると、何のことはない「いつもの朝」が繰り返されるだけなのです。
こうして結局この夫婦は、文子の思うように転がっていくのかな、と思わせる展開なのでした。

1956年公開

この映画では、年齢層がバラバラな近所の奥さん連中が連なって、商店街を練り歩く様子が新鮮でした。
彼女らが適度な距離を保ちつつ共生する様子には、それぞれが持つ人間関係への巧みさを感じます。

そして いちばん印象に残ったのは、ご近所どうしの「常会」という寄り合いの光景でした。
これがいかにも、今ならば誰もが煩わしさを感じずにいられないような場です。

そして結局、こんな会で結論が出る事はありません。
もしかすると、議論が目的という訳ですら無いのかもしれません。
見ていると、お互いに面と向かって言えない事が、ここでなら言えてしまうというメリットもあるようです。

ふだんから近隣の住人に対して、迷惑だと思う事は色々とある。
でも実は、自分も人に迷惑をかけている事があるらしい。
という事が分かるだけでも「お互い様だ」という気持ちが芽生えてきそうです。

この他にも、映画には色々なご近所づきあいの光景が出てきます。
旦那さんたちが、朝のひとときを歯磨きがてら庭でおしゃべりしたり、奥さん同士は一緒にお買い物。
電話を借りたり伝言してもらったり、留守の時に預かりものをするとか、持ちつ持たれつで生活が成り立っています。

こういう時代と現在とを比べると、煩わしくなくて良くなった代わりに、町内は味気なく殺伐とした環境になってしまった気がします。
そんな思いが改めて湧いてくるような、平屋建ての並ぶのどかな住宅街の情景でした。

成瀬巳喜男さんの監督映画


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