「わが青春に悔なし」は、何が真実か分からなくなるような混迷の時代の中を、こころに湧き上がる想いに忠実に生きる女の成長の物語です。

最初は気が強いだけで、実際はフラフラした弱々しいお嬢様だったヒロインが、人生のあり方に目覚め始め、自信に満ちた凄みのある人物へと成長する姿に打たれました。

正直いって、彼女を牽引していた野毛の死後、夫を支えるという生き甲斐をうばわれた幸枝の再起は無いような気がしてしまいました。
ところが物語は、良い意味で予想を裏切ってくれました。

彼女は嫁として実家を支えるという次なる目標を定め、自分自身で考え、行動します。

どんな過酷な嫌がらせにも負けず、何があってもブレずに信念を貫く姿は、泥だらけでも、這いつくばっていても、気高いオーラを放っていて素敵でした。

偽りの生活に危機感を抱くお嬢様、幸枝(原節子)

彼女は大学教授・八木原の一人娘で、学生たちに取り巻かれて女王様のように振る舞う気の強い娘です。

ところが彼女には、何かとカンに触る人物がいます。

それは社会問題に没頭している野毛(藤田進)という気難しい学生で、彼だけが立場を気にせず、幸枝に対して痛烈な批判を浴びせる存在です。

二人は何かと対立し、ほとんど水と油のような関係ですが、どうやら幸枝は野毛に何か劣等感のような感情を抱いているように見えます。

幸枝はその平穏無事な境遇にかかわらず、幸せではありません。
それは日本が戦争に向かって、日に日に険悪になる社会情勢と相まって、しだいに彼女の心を大きく占める憂鬱に変わっていきます。

じつは幸枝にとって野毛は、行き詰まった人生を切り拓く突破口のような「無くてはならない存在」でした。

彼の活動は、最初こそ学生運動にとどまっていましたが、次第に苛烈になり左翼運動にまで発展して行きます。
そして しまいには当局に目をつけられ、投獄されてしまいます。

野毛というカンフル剤を失った幸枝は、悶々とした生活の中で、よく焦りのような言葉を口にします。
「野毛さんについて行けば、なにかギラギラした、目の眩むような生活がありそうだわ」
とか
「わたし、なにかこの身体も心も、何もかも投げ出せる、そういう仕事がしたいんです」
というセリフには、ちょっと刹那的な感じがしないでもありません。

では彼女の望む人生とは、情熱やスリルに満ちた単なる「刺激」に富んだものだったのでしょうか?

原節子さんの出演している映画


社会に迎合して「勝ち組」に回る男、糸川(河野秋武)

幸枝の取り巻きの一人である糸川は、小心で信念の無い、野毛とは対照的な男です。

糸川は、八木原教授が学園を追われた事から始まった学生たちの抵抗運動で、卒業が危うくなる事だけが気がかりでした。
とはいえ仲間内で自分だけが降りると宣言するのも、気が引ける思いです。

彼は先生が学生たちをなだめて、おとなしく隠居を決めた事を知ると
「助かった・・・」
と胸をなでおろし、幸枝に痛烈な皮肉を言われてしまいます。
「よかったわね。裏切り者にならずに済んで」と。

野毛が投獄されてから5年の月日が経ち、幸枝は糸の切れたタコのように空虚な生活を送っていました。

いっぽう糸川は晴れて検事となり、いまでは幸枝の結婚相手として意識されるような身分に昇りつめています。
そして彼は、勝ち誇ったように野毛の転向(共産主義者が思想を捨てること)を幸枝に報告するのでした。

幸枝は絶望しますが、家を出て自活し、社会に揉まれる道を選ぶ事で何とか正気を保とうとします。

そして彼女が東京に出て貿易事務所で働き始めた頃、偶然に再会した糸川は、結婚して子供もでき、さらに「リア充」になっていました。
ところが彼も野毛にはこだわりがあると見えて、幸枝に会うとやっぱり話題は彼の事になるのでした。

糸川は野毛の近況を知っていて、彼は今では支那問題の権威のような存在になっている事を幸枝に教えます。

「あなたが野毛の後を追わなかった事は、聡明でしたな。
確かに、あの男の生き方には目がくらむ。
絶壁の上を歩いてんだから・・・」

という、野毛が転向どころか更に危険な「反戦運動」という領域に足を踏み入れている秘密を漏らし、またもや幸枝の心をかき乱すのでした。

幸枝は居ても経ってもいられず、とうとう野毛に会いに行きます。
野毛ははじめシラを切っていましたが、本当は彼も幸枝を愛していたのでした。

こうして野毛と暮らすようになってからというもの、幸枝は一般的な「幸福」のイメージとは異なる、緊張感に満ちた濃密な時間を過ごします。

それは、野毛がこの仕事に命を掛けていて、彼との別れはそう遠くない事が分かっているからです。
一秒一秒が尊く、二人の全感覚を総動員したような集中状態を見ていると「今を生きる」というのは、こういう感じだろうか?という気がしました。

そして案の定「その日」はやってきました。
野毛は獄中で倒れ、幸枝も刑務所に連行され、とうとう恐れていた戦争が始まってしまうのでした。

「顧みて悔いのない人生」を求めて・・・

幸枝は再び支柱を失い、茫然自失となってしまいます。

ところが彼女は諦めませんでした。
彼女自身は、諜報活動や反戦運動をしていた訳ではありません。

彼女が新たな身の置き場を見出したのは、野毛の実家でした。
野毛はいつも「これが俺の弱み」と言って、両親の写真を大切に懐にしまっていたのです。

幸枝が野毛の郷里へ行くと、事態は深刻な状態でした。
実家は農家でしたが、彼らは村八分にされ、彼女も「スパイ」とか「売国奴」と罵られ、陰湿な迫害を受けます。

そんな彼女の前に、ふたたび糸川が現れます。

糸川は幸枝の前に現れる度に、彼女の心を迷わせる存在でした。

一度目は「安定した結婚生活」と野毛の転向をチラつかせて
二度目は、いよいよ「反社会勢力」のレッテルを貼られた野毛の危うさをアピールし
そして三度目は、野毛が帰らぬ人となった上に、売国奴という汚名を着せられた彼女に「負け」を認めさせに来たように見えます。

ところが今度ばかりは糸川も、幸枝に動揺を与える事はできませんでした。

野毛の墓参りをしたいという糸川に、幸枝はビシッと返します。
「お止しなさい。
糸川さんの見た野毛は、不幸にして道を踏み誤った人間かもわかりませんけども
どっちの道が果たして正しかったかは、時が裁いてくれるだろうと思いますわ」

これから幸枝が行こうとしているのは、ギラギラした目の眩む激烈な世界ではなく
沢の流れのように清らかで、雨のように優しく、大地のようにどっしりと構えた
穏やかな輝きを放つ、温かい場所なのではないかと思いました。

黒澤明さんの監督映画


1946年公開

この映画の公開は終戦間もない占領下の日本で、まだ「東京裁判」が継続されている最中でした。
そう思うと ある種の歴史資料として、当時の生々しい言論統制の一コマを垣間見ることができる作品だと思います。

そこには戦前・戦中の政府よりも、遥かに巧妙な情報工作の存在がクッキリと描き出されているようです。
物語の筋書きとは裏腹に、いまだに決着していない「戦後の闇」に対する監督の、強烈な憤りが伝わって来るようでした。

こういった事情から、この映画は政治的な見解や具体的な事実関係にとらわれると、そこに秘められたメッセージを読み取る事が難しくなると思います。

そしてそのメッセージは、メインキャラである3人の生き様に込められていました。

ちょっと家族や社会の抵抗にあうと、すぐに降参して長いものに巻かれる糸川、
理想を抱き、目前に立ちふさがる障害を取り除こうとして、砕け散った野毛・・・。

この二人はきっと「挫折した者」として描かれているのだと思いました。

そして二人のように潰されない為には、幸枝のように生きる方法が有効なように見えます。

幸枝の生き様が教えてくれたのは、自分が変えられるのは自分だけだという事でした。
彼女は義父母を説得しようともせず、畑を荒らされた時も村人に働きかける事は一切しませんでした。

どんなに否定されても、脅されても、自分の心の声に耳を傾け、魂の赴くままに行動するだけです。
自分が自分を信じられなくて、いったい誰が肯定してくれるのか?といったところでしょうか。

そうすると、結果として義父母が理解を示し、迫害していた村人までもが しだいに彼女に共鳴するようになって行くのでした。

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