奈良は、はるか遠い「古代」を感じさせる場所です。
神社、お寺、稲穂、神々しい山々など、日本人なら皆が懐かしくなるような風景が、今も存在しています。

昭和初期の邦画のロケ風景は、今となっては当時を偲ぶのも難しいくらい変化が激しい中で、奈良はその趣を残している数少ない場所だと思います。

日本の悠久の歴史や、脈々と受け継がれてきた大和魂を想うとき、じつは京都よりも奈良のテイストの方がしっくり行くような気がします。

【美貌の都】戦後も優雅だった「琵琶湖」の魅力

「美貌の都」には、優美な琵琶湖の様子が描かれています。

映画には、生活に疲れた貧しい工場勤務の娘と、ブルジョア青年の優雅な生活という、真逆の2つの世界が描かれています。
憧れの「富の象徴」としての華やかな世界の舞台が、琵琶湖を中心に繰り広げられていました。

二人が船で観光する「竹生島」は、お寺や神社のみが存在する神秘的な美しい小島です。
中でも断崖絶壁に建つ鳥居の風景が印象的で、遊び人の青年が世間知らずの娘を誘うシーンに、このパワースポットの魔力が功を奏しているようにも見えます。

ヒロインの新しい職場として登場する「琵琶湖ホテル」は、昭和初期に建てられた大正ロマンを思わせる豪奢な建築で、風情ある琵琶湖のほとりというロケーションとマッチしていました。
今では大津市に移築されて「びわ湖大津館」という名前に変わっていますが、その姿は健在です。

【麦秋】人生の終着点「大和」は、まほろば

「麦秋」には、首都圏で暮らす家族の実家として、奈良が登場します。

親子とその両親の三世代が共に暮らす家族の様子は、あたかも人の一生を思わせるものがありました。

パワー溢れるやんちゃ盛りの少年、そして遅い恋に目覚めて嫁いでいく娘、医者として独立開業に踏み出す壮年の夫婦、故郷へと隠居していく祖父母の姿を見ていると、それぞれが人生のいちステージを表しているようです。
後になって振り返ると分かる、かけがえのない時だった「何気ない日常」、いつかは来る「別れ」が情緒豊かに、ちょっと切なく描かれていました。

ラストに映し出される故郷の風景は、大和三山(やまとさんざん)の「耳成山(みみなしやま)」のようです。
山と稲穂をバックにしたお嫁入りの行列という、現代とは思えない光景が映し出されます。

それは まるで老夫婦がいつかは現世を離れ、魂が帰っていく故郷とも言えそうな、どこか懐かしくて神々しいような雰囲気を醸していました。

【月は上りぬ】和歌で恋をささやく人たち

「月は上りぬ」は、しっとりとした美しい古都の風情を堪能できる映画です。

インテリ風の一家が穏やかに慎ましく、静かな古都で暮らす様子が、何とも素敵でした。

ここでは、失業している青年がお寺に間借りしていたりして、大変な時代にあっても鷹揚で懐が深いような土地柄が感じられます。
東京から疎開して以来、そのまま定住してしまった家族の心境が分かるような気がしました。

皆で「法隆寺」へ遠足に行ったり、青年が好きな女性から呼び出しを受け、待ちぼうけをくわされる「東大寺二月堂」など、とにかく よくお寺が登場します。
古代の建築物がいまだに現役で存続し、それが身近にあるという環境には、文化的な豊かさを感じずにいられません。

そして何よりも美しい場面は、ヒロインの姉が淡い恋を成就させる所だと思います。
満月の月明かりに照らされた夜のランデブーは、奈良公園の「雪解(ゆきげ)の沢」という場所で撮影されたそうです。

普段は奥ゆかしい男女の秘めた想いが、美しく幻想的な月夜のもとで解放され、自然と寄り添って歩きはじめる場面には、しみじみとした感動がありました。

普段は近代的な生活をしていても、ふと古代の息吹に触れると懐かしい感覚があるのは、日本人のDNAのせいかもしれません。
奈良へ行けば、ふだん見る事すら忘れている「月の光」を鑑賞したり、稲穂の波打つ様子に心を奪われたりするような気がします。

【ちょっと余談】いろんな時代へタイムスリップ

奈良は奥深いので、いつかは長期滞在してじっくり巡ってみたいと思っています。
でも それはそれで、近いうちに行ってみたくなったのが「奈良公園」です。

鹿の群生する様子で有名な奈良公園は、自然と人工的な要素が不思議なバランスを保っていて、ちょっと神秘的な雰囲気を醸しています。
なんだか不自然なくらい見渡しの良い若草山から見下ろす、こじんまりとした奈良の町並みも懐かしい感じがして、映画の余韻があるうちに訪れてみたくなりました。

この公園に隣接するクラシックホテル「奈良ホテル」に泊まれば、じっくり周辺散歩を満喫できそうです。
この明治時代建築のエレガントな空間で過ごしたら、遠い昔の息吹にアクセスできるような気がします。


コメント

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。