「麦秋」は、日本の古き良き家族の光景が描かれた物語です。

この映画のテーマは”別れ”だと感じました。
ずっとこのまま変わらずにいたいという心境とは裏腹に、時の流れがすべてを刻々と変えて行くという現実が否応なく描かれています。

手を放した風船が空高く飛んで行く光景や、空に浮かぶ雲の映像が、その緩やかな流れを映しているようです。

子供の頃の楽しい思い出、愛情に満たされた家族との時間、女友達どうしの結束感・・・
どれも二度とは帰らない思い出を、古いアルバムを見て思い出しているかのように しんみりと描かれていきます。

深く染み入るような、温かくも切ない気分に浸される深い映画でした。

家族の心の源のような娘、紀子(原節子)


紀子は、兄夫婦とその子供二人、両親と共に暮らしています。
活発で明るい性格で、現代の感覚からすれば居心地が悪そうな環境の下、楽しく伸び伸びと過ごしています。

紀子の家族はほのぼのとしていて、日常の何気ない些細な出来事にも愛が溢れています。

子供が耳の遠いおじいちゃんをからかったり、夜中に大人たちがこっそり美味しいものを食べている所へ子供が現れ、慌ててそれを隠すシーンなどは、どこか見覚えのあるような懐かしい光景です。

紀子はこの度、お勤め先の専務から縁談の話が舞い込みました。

兄・康一(笠智衆)は大乗り気で、興信所に依頼して調べさせたり、職場の同僚に相談して人物の評判を探るなど、あれこれと奔走しています。

ところが母親は年齢が40才というのが気に入りません。
兄はそんな母を叱り、積極的に話を進めようとします。

原節子さんの出演している映画


影の立役者的なお嫁さん、史子(三宅邦子)


史子は、紀子の兄の奥さんです。
紀子との間には、遠慮のない親しさがあります。

史子が紀子に銀座でケーキを買って来てもらい、その価格の高さに驚いて後悔し、半分出してと言って言い争う様子は、まるで姉妹のようです。
紀子と女同士のタッグを組んで、夫・康一に対抗したりする様子はかなり楽しそうです。

史子は康一に、紀子の縁談への働きかけを頼まれます。
康一はこの話を決めたい気持ちで一杯で、史子に上手く勧めてもらいたいと思っているのです。
史子の夫への妻としての顔と、紀子に対する女同士の顔を使い分ける様子が面白い場面です。

史子は、夫の意見や義理母の意見、紀子の気持ちみんなに同情的ですが、それが康一からは日和見的だと取られてしまいます。
でも史子からすると、それぞれの気持ちが良く分かるので答など出せないのでした。

三宅邦子さんの出演している映画


義姉さんの優しさ、紀子の勇気

史子夫婦がこうして奔走する中、紀子は突然驚くような宣言をします。
康一の職場の同僚で、子供の頃から仲の良かった謙吉と結婚したいと言い出したのです。

謙吉は奥さんを亡くした男やもめで、小さな女の子が一人います。
この紀子の決断は、紀子をできるだけ“良い所”へ嫁がせようと奔走していた家族たちを怒らせてしまいます。
でも紀子の決意は固く、誰も紀子の決断を翻らせる事は出来ません。

ここで史子は、まるで家族の代表選手のようになって、紀子への最後の説得を試みます。
連れ子がある事への懸念や、子供が生まれたらトラブルになりはしないか、母親は心配で泣いていると伝えたりします。

ところが人の気持ちがよく分かる史子は、紀子が自分の幸せを確信しており、前向きな気持ちでいる事が分かってきます。
そして紀子の判断が深い考察や嘘のない直感からくるもので、むしろ自分の考えが足りないくらいである事を知ります。

史子は紀子の幸せを予感し「そんなら もう何も心配しない」と紀子を応援する側に回るのでした。

紀子は自分の居なくなった後の史子の苦労を心配しますが、
史子は「大丈夫よ、それよりどっちが やりくり競争に勝つか競争よ!」
と、本当の姉のような温かさで紀子を送り出してあげるのでした。

小津安二郎さんの監督映画


1951年公開

この映画には、大家族が一緒に暮らす様子が描かれていました。

夫婦と子供、そして夫の妹や両親が同居していて、子供から見たら曽祖父にあたる両親の親までが訪ねて来たりします。
この後、日本も急激に核家族化が進んでいくので、この映画のような家庭の在り方は徐々に姿を消し始めます。

映画は、両親から「いつまでも若いもんの邪魔しとることない」という言葉が出たり、紀子の収入が減る事で両親が故郷へ転居する経緯などを見ると、やはり経済的な理由で同居を強いられているのだとは思います。

ただ、この3世代+妹という家族構成が温かく調和の取れた関係を築いている様子は、まるで理想郷のようです。
かつての日本では、このような光景がたくさん見られたのではないかと思う事があります。
一切の人間関係の煩わしさを排除した都会の小さな家族単位が、必ずしも良いとは限らないかな、と思わせてくれるような物語でした。


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