「醜聞(スキャンダル)」は、暴走するゴシップ記事の報道問題を憂慮したドラマです。
そしてこのテーマとは裏腹に、登場人物はゴシップ記事への好奇心とは無縁のモラル高き人々が中心です。
バイク好きの朴訥な新人画家や熟れた感じのモデル、美しく知的な人気歌手、悟りの境地に達したような崇高な少女などの魅力的なキャラが物語を彩っています。
ところがこの映画には、裏テーマがあると思いました。
真に生きるためには勇気を出し、恐怖を克服しなければならないというテーマが貫かれ、サブキャラたちもそれぞれに信念を持って強く生きている様は、見ていて勇気を与えられます。
そしてこの作品には、人一倍弱い人間が恐怖を克服するには、一番大切なものを差し出したり、恐ろしい苦悩を経験するしかないという厳しい現実も描かれていると思いました。
黒澤明監督のライフワークとも言われる「生きる」が、自分の寿命が残り少ないという強い衝撃によって突き動かされたのに対して「醜聞(スキャンダル)」では、娘の死が勇気の原動力になっています。
これらの映画の主人公たちからは「問題を先送りするな」という厳しいメッセージを受け取る事が出来ました。
直感第一の芸術家、青江(三船敏郎)
新進画家の青江一郎(三船敏郎)は、率直で爽やかな青年です。
青江は写生のため、バイクで伊豆の高原へ来ていますが、そこで人気歌手の西條美也子(山口淑子)と出会います。
美也子はバスの故障で立ち往生している所だったので、青江は彼女を宿まで乗せて行ってあげます。
ところが宿には報道雑誌のカメラマンが美也子を待ち伏せしていて、二人が宿でお話している写真を隠し撮りしてスキャンダルとして発表したのです。
雑誌は飛ぶように売れ、青江は一躍有名人になってしまいます。
編集社に苦情を言いに行った青江は、相手の態度にカッとなって社長を殴ってしまい、それをネタにした雑誌がますます売れただけでした。
青江がこの問題を訴訟に持ち込もうと決めた頃、青江のもとにひどく怪しげな弁護士・蛭田乙吉(志村喬)が青江の弁護を引き受けたいと申し出てきました。
青江の窮状を見かねて、是非力になりたいと言うのです。
単なる営業としか思えない行動だし、どう見てもキレるタイプではないこの男に、なぜか青江は心惹かれるものがありました。
青江はこの人物の信頼性を確かめるために、蛭田の家庭を訪問する事にしました。
三船敏郎さんの出演している映画
娘に支えられて生きる、蛭田(志村喬)
蛭田の家庭はひどい貧乏で、家には病気の娘が寝ていました。
娘はとても明るい表情をしていますが、実は結核で5年も寝たきりだと言います。
ところが彼女は、自分の運命を悲観するどころか身の回りの些細な物事にすさまじい想像力を発揮し、生きる喜びを噛み締めているようです。
青江はこの娘がいたく気に入ってしまい、蛭田に弁護を依頼する決心をします。
そして依頼を受けた蛭田は、雑誌社「アムール」へ赴き、裁判で負けたときの損害賠償費用を提示して、相手に脅しをかけようとします。
ところが相手は脅しには慣れており、社長はハッタリをかまして権威ある弁護士が顧問であると偽り、怯えた蛭田を逆に買収してしまうのです。
蛭田は小心者で、弁護士の肩書をケチな脅しに使う事で生計を立てているしょうがない弁護士らしく、こんな強者相手では手も足も出ないのでした。
志村喬さんの出演している映画
青江の信頼がを追い詰める
蛭田のこの悪行は、聡明な娘の前にはお見通しの事のようでした。
それでも娘は父を咎めず「お父さんは本当は良い人よ、ただ弱いだけ」と父をかばいます。
何も知らない青江は、蛭田を励ましながら裁判の経過を待ちます。
ところがこの裁判には何か不審な点があり、それを相手の弁護士に突っ込まれてしまいます。
青江は「あんな良い娘がいる父親が悪いことなど出来る筈がない」と最後まで蛭田を信じ、そんな青江を見て娘はだんだん苦しくなって来るのでした。
気の弱い蛭田が本当の勇気を発揮するには、残念ながら蛭田にとって最も苦しい出来事を経験するというステップが必要だったようです。
1950年公開
この映画には、クリスマスを祝う様子が描かれています。
蛭田の家でクリスマスをお祝いした後、蛭田と青江は近くの酒場へ行きますが、そこではパーティーが行われています。
パーティーでは、お客みんなで「蛍の光」を大合唱しながら「来年こそは!」とそれぞれが年越しモードになっています。
「蛍の光」は日本でこそ卒業式に歌われる曲になっていますが、欧米では年末年始のお祝いの時に歌われるそうです。
もしかすると占領下の日本にその習慣が伝わり、その後クリスマスや年末の祝い方も日本式に変わって行ったのかもしれません。
黒澤明さんの監督映画
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