「惜春」は、大スターの夫ながら、うだつの上がらない安サラリーマン男性の悲哀を描いた物語です。
冒頭は延々と笠置シヅ子さんのオンステージ+コントのようなドタバタ劇が続き、彼女のファンでもない限り、ちょっと眠くなってしまいますww
ところがシヅ子さんが出張に出かけると急にトーンが変わり、夫側の地味な私生活と、不倫の恋を描いたストーリー展開になると、徐々に面白くなってきます。
お互いに結婚に失望した2人の束の間の恋が、どこか哀愁に満ちていて素敵でした。
そしてラストにシヅ子さんが戻ってくると、また急にコメディっぽくなるという、まるで違うフィルムをつなぎ合わせたような演出がシュールでした。
最後はあまり違和感なく、綺麗に帰結するところなどは大変斬新で、カテゴリーに縛られないストーリー展開が新鮮で、妙に感心してしまいました。
平凡な幸せが欲しい夫、藤崎(上原謙)
藤崎は「ブギの女王」と呼ばれる大スター衣笠蘭子(笠置シヅ子)の夫ですが、彼自身は平凡で大人しい男性です。
彼は、今では彼女と結婚した事を悔やんでします。
妻からはまるで使いっぱのように扱われ、彼女の取り巻きからも軽んじられ、そもそも自分の存在価値すら危ういような生活です。
銀座の楽器店に勤めてはいますが、ついつい自分の平凡さと妻の業績を比べてしまい、気分が憂鬱になってしまいます。
ある日藤崎は、妻が長期の巡業のために、家にひとり取り残されます。
ところが彼は寂しいどころか、一人になった静けさを楽しみ始めます。
藤崎が留守番をしている間、妻は家政婦を頼んで行ってくれたようですが、依頼した人の都合が悪くなり、急遽べつの人がピンチヒッターで来る事になります。
◆上原謙さんの出演している映画◆
控え目で家庭的な理想の女性、たか子(山根寿子)
家政婦としてやってきたのは、まだ若くて美しい蟻安たか子という女性でした。
彼女はちょっと訳ありな感じのする、控え目で落ち着いた感じの女性です。
大人しい2人の自己紹介の会話が「お砂糖につくアリという字で・・・」とか「珍しい名前ですね」とか、お互いに当たり障りのないような事しか言わないところが、何ともリアルです。
藤崎は、このお淑やかで古典的な女性に、ゾッコン夢中になります。
いつもなら、わざわざ近所の飲み屋に寄り道したりするのに、仕事が終わると慌てて帰って来るほどです。
たか子は毎日「通い」でやって来ますが、給仕をしながら毎晩一緒に過ごすうちに、藤崎の辛い胸の内を打ち明けられるようになっていきます。
藤崎が酔っ払って、何度も繰り返す「あいつは、僕の1年分の収入を1日で稼ぐんだからね」というセリフが可笑しく、確かにそれでは感覚が麻痺してしまいそうです。
一方たか子は、一度結婚に失敗して、今は実家に帰っている独り身なのでした。
この、ちょっと寂しい感じの2人は、お互いに惹かれ合うようになり、藤崎が彼女を送って行くシーンなどは、2人の胸の高鳴りが伝わってくるようです。
◆山根寿子さんの出演している映画◆
帰れない二人
急に楽しくなってきた藤崎は、たか子に贈り物をし、彼女をデートに誘います。
たか子は藤崎に好意は持っているものの、妻の留守中に家事を預かる身です。
デートの誘いに躊躇してしまいますが、藤崎の「日帰りで」という言葉に、意を決して出かける気持ちになるのでした。
行き先は「熱海」でした。
都心に住む彼らにとって、日帰りで行くには微妙な遠さのような気もします。
熱海で2人は楽しい時間を過ごし、暗くなってもお互いに名残惜しい気持ちで一杯です。
「もう少し」と言っている間に、最後の電車に乗り遅れてしまいます。
困って無口になる2人に、宿の客引きの男が近寄ってきます。
気まずいながらも、2人は男に着いて行きますが、どうやらそこは いわゆる「連れ込み宿」のようです。
客層もあまり品のいい感じではありませんが、お部屋はムードたっぷりのお座敷です。
藤崎は思い余って彼女を求めますが、たか子は裸足で縁側から逃げ出し、駅舎で惨めな夜を過ごします。
朝になり始発が来ると、何度も行ったり来たりして躊躇しながらも、彼女はひとりで帰って行くのでした。
いい大人の2人が、あたふたする様子は、なんだか初々しい感じでした。
1952年公開
この映画は、関西系の大スターの華やかで賑やかな世界とは両極端ゆえに、平凡な夫と控え目な女性のしっとりとした「小さな幸せ」が際立っているように見えました。
ところが2人の夢は叶わず、以外と小さな幸せなんてものの方が、実現不可能なファンタジーなのかもしれない、などと思ったりしました。
ラストの衝撃は、甘い懐古主義と、厳しい現実が同居する時代を、リアルに表現していたのかも知れません。
熱海のロケのシーンは、大規模な「熱海大火」が起こったのが1950年だったにしては、美しい情景を残していました。
大衆的なのに どこかロマンチックな、熱海の不思議な魅力が伝わってくる作品でした。
コメント
この記事へのトラックバックはありません。
この記事へのコメントはありません。