「彼岸花」は、適齢期の娘たちと親との対立を描いた、心温まるホームドラマです。

親子の愛情はあっても、容易に理解し合う事のできない「壁」の厚さに、大きく価値観が変化した時代を思わせるものがありました。

やもめの母親が心配なあまり、お嫁に行けずにいるシッカリ者の娘が、ほがらかで愛情深く、とても魅力的に描かれています。
その一方で、親の反対を押し切って恋人と一緒になった娘たちが、口では「幸せ」だと言っていながら、なぜか暗く険しい表情をしているのが印象的でした。

貫禄がありつつ話せる感じの中年男性、平山(佐分利信)

大会社の取締役・平山は、仕事も家庭も順風満帆です。
あとの気掛かりは娘の嫁入りくらいといった所ですが、彼は若者への理解もあるようです。

そんな平山は、中学生の友人・三上(笠智衆)に深刻な悩みを相談されます。
娘が売れない音楽家と恋愛関係になり、親の反対を押し切って家を出てしまったというのです。

三上に娘への説得を任され、いちおう平山は娘に会いに行きますが、相手はまったく聞く耳を持ちません。
本人が幸せだと言うのだし、人の娘に対してあまり強い事も言えず、彼の役割はほとんど偵察にとどまります。

平山は、京都のいきつけの旅館の女将とその娘・幸子(山本富士子)と、親しい付き合いがあります。
幸子は自分の母親の無理解に辟易していますが、平山はここでも若者の味方に回っています。

ところが彼自身はお見合い結婚であり、恋愛とは縁遠い青春時代でした。
彼の若い頃はちょうど戦争中で、奥さんとの会話では当時の記憶を
「俺はあの頃が一番嫌だった。物はないし、つまらない奴が威張っていたし・・・」
と回想するシーンがあります。

一方、奥さんの方は
「私、今でもあの頃を懐かしく思う事があるのよ。
空襲で防空壕に逃げ込んだとき、あんなに家族が一つになった事ってなかったわ」
と、まるで今は皆の心がバラバラになってしまったかのような事を言うのでした。

佐分利信さんの出演している映画


大人しそうだけど情熱を秘めた長女、節子(有馬稲子)

平山は、娘の結婚相手を見繕い、嬉々としてお見合いの準備をすすめている所でした。

ところが既に娘には、結婚したいと思っている恋人がいたのです。
反対されると思って切り出せずにいた所へ急に彼の転勤が決まり、しびれを切らした恋人は節子に相談もなく、父親にぶつかって行ってしまいます。

この事は父親にとっては寝耳に水で、平山は衝撃を受ける事になります。
ある日とつぜん知らない男性が、会社に訪ねてきて
「お嬢さんと結婚させてください」
という光景は、現代の感覚から見ても かなり乱暴な行動に思えます。

平山は激怒し、節子を家に閉じ込め、仕事も辞めさせてしまいます(!)
ふだんは若者たちに理解を示す平山が、自分の娘の事となると急に昔気質の父親に豹変してしまう様子には矛盾を感じてしまいますが、それが親心というものなのでしょう。

確かにお見合いの話を進めさせておいて、恋人がいる事を黙っていた節子も悪いですが
平山の激怒ぶりは「自由恋愛など許せん」という風にしか見えません。

一方で母親は、夫への手前 娘を叱って見せたりしますが、本心は節子の味方です。
彼女の、あの防空壕の話で見せた寂しさは、娘の気持ちが親から離れているのが、とっくに分かっていたのかもしれません。

有馬稲子さんの出演している映画


親子の間に築かれた「時代の壁」

奥さんを始め、周りの人々はみんな節子の味方でした。
中でも幸子は、平山の「表の顔」をタテにして、巧妙に彼の主張を切り崩して行きます。
平山は最後の最後まで抵抗を続けますが、女たちの剛腕にはかなわず、ついに陥落させられてしまいます。

彼は表面上は折れたように見えますが、友人には最後まで「やっぱり釈然としないよ」と漏らしています。
そして、平山の「俺は、あいつに背かれるとは思わなかった」
というセリフには、何か重い響きがありました。

この父親が感じている違和感は、日本映画を時系列に見ていると、何となく分かるような気がします。
昔は結婚相手について「お父さん、お母さんにお任せします」
といった感覚だったようです。
あくまでも親が優先、自分は二の次と言ったふうな・・・。

これは昔と現代との「家」というものへの認識の違いで、昔の人は、家やもう少し大きなコミュニティ、国といった「集団」が最優先で、個人個人の願望や幸福を凌駕するものだったようです。

一方で、娘の方は「どうせ、分かって頂けないと思います」と始めから父親を突き放し
「お互いに愛し合っているんだから、親が反対した所でどうにもならない」
という、親と子供とでは別の次元を生きているような断絶感があります。

小津安二郎さんの監督映画


1958年公開

同窓会で、男たちはしみじみと昔を思い出しています。
平山も「あの頃が一番イヤだった」と言っている割には、とても懐かしげです。

たしかに嫌な時代だったけど、きっと若くて多感な時期に、祖国の為に命を捧げた鮮烈な記憶は、そう簡単に色褪せるものではないのでしょう。
こうして懐かしいメンツが揃えば、まるで昨日の事のように思い出されるのかもしれません。

三上にせよ平山にせよ、結局かれらは子供の言い分を理解した訳ではなく「やっぱり子供には負けるよ」と表現しています。

それは国家の存亡をかけて、祖国のために命を捧げなければならなかった時代を生きた人々にしか理解できない「境地」を物語っているようです。
それは やはり、個人の幸せを追求しはじめた戦後の価値観とは相容れないものなのでしょう。

だけど、父親が幸子に語ったように
「娘さえ幸せになれば、親はそれで良いんだよ」
という親心も、また真実なのですね。

父親の抱く「変わりゆく時代への苦い想い」よりも、娘への揺るぎない愛情が勝るのが伝わってきて、切ない気持ちになりました。

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