「暖簾」は、明治から昭和までの時代を駆け抜けた、商いに命を燃やす親子の「二代記」です。

この映画からは、時代の変化の激しさの衝撃が、リアルに感じられる凄みがありました。
過剰な演出による煽りでなく、かといってドキュメンタリーのような無味乾燥さとも違う独特の迫力があって、戦後の大阪の凄まじい空気を感じました。

戦前期の描写は、当時の世界観を緻密に再現した古典ファンタジーの「お芝居」を見ているようでした。
ところが戦後の描写は打って変わって生々しい活力がみなぎっていて、まるで自分もタイムスリップしたかのような臨場感がありました。
やっぱり この頃こそが、この監督の生きた時代だったんだなァ・・・という「思い入れ」のようなものが伝わってきます。

忍耐第一の「叩き上げ型」商人、吾平(森繁久彌)

舞台は、明治の大阪。
「浪花屋」という昆布問屋の主人につきまとう少年・吾平は、ついに粘りがちで彼に拾ってもらいます。

丁稚奉公は辛く厳しいものでしたが、吾平はよく耐え、主人に一目置かれる存在になって行きました。
ただ、それは特別な才覚があったという印象ではなく、何より商売への情熱が認められたように見えます。

青年へと成長した吾平は、とつぜん大勢の先輩たちを差し置いて、若くして暖簾分けを許されます。
ところが、実はこの破格の昇進には「条件」が付いていたのです。

それは、主人の姪・千代(山田五十鈴)との結婚でした。
吾平はずっと心に決めていた許嫁・お松(乙羽信子)がいるので抵抗しますが、お松は愛する人の出世のために自ら身を引きます。

ほとんど押し付けられたような女房の千代ですが、彼女は吾平の上を行くような仕事熱心な女でした。
新婚の初夜から帳簿をチェックしようとしたり、昆布の手入れを始めるという見上げた根性ですww
主人の都合で結ばれた夫婦なのに、案外 恋仲であったお松よりもお似合いの二人に見えきます。

こんな二人だから、夜食に夜鳴きそばを食べていても、やっぱりダシの昆布の事が話題になります。
その流れで安価で良質な商品開発の原案が出たりして、独立開業は順調な滑り出しを見せるのでした。

その後 吾平たちは3人の子供を授かり、店は加工工場を建てるまでに発展していきます。
とはいえ、やはり新たに構えた店を維持していくのは、並大抵の事ではありませんでした。
浪花屋の主人が亡くなって本家の後ろ盾は途絶えるし、記録的な台風で工場は水没してしまいます。

それでも吾平は、千代に支えられながら何とかピンチを乗り越え、のれんを守り通すのでした。

戦略思考で時代に乗る、孝平(森繁久彌)


吾平は長男に商いをミッチリ仕込み、浪花屋の跡を継がせようとしていました。
というのも次男の孝平はラグビーに夢中で、家業に携わろうとする様子は微塵も見せなかったからです。

商売にも学問にも興味を示さない孝平は吾平にとって、いわゆる「今どきの若いもんは・・・」的なボンクラ息子という感じです。

孝平は飄々としていて、好きな道を追求している人特有の、伸び伸びとした朗らかさを持っています。
この親子の憎まれ口満載の「掛け合い」の遠慮の無さには、かえって揺るぎない親しみがあるようです。

とはいえ、ことごとく自分の願望とはかけ離れた孝平の言動は、いちいち吾平のカンに障ります。
そして吾平が孝平を突き放せば突き放すほど、千代がそのぶん味方する様子が笑えます。
孝平と千代の存在は、吾平にとっての「難物」という点で、共通しているのかもしれません。

孝平の成人後は、なんと父親の吾平と同じ役者によって演じられるので、最初は混乱してしまいます。
そして その不思議さがコメディっぽくて爆笑してしまうのですが、しだいにその「演じ分け」が感動的にすらなって行くほど、二人はやっぱり別人なのでした。

森繁久彌さんの出演している映画


引き継がれていく暖簾が「不滅の魂」を思わせる

幾多の困難を乗り越えて自分の店を切り盛りしていた吾平にも、とうとう乗り越えられない苦難が襲います。
いつしか時代は昭和に移り、第二次世界大戦という国家総力戦の中で、とうとう商売も続けられなくなってしまうのです。

そして戦争が終わってからも、空襲で店は焼け、昆布も手に入らず、吾平はしだいに活力を失って行きます。
さらに彼を襲ったトドメの一撃は、長男の戦死でした。
さすがの吾平も、こうも八方塞がりでは急に年老いて、かつての情熱は失われてしまうのでした。

そんな中、戦地から孝平が戻ってきます。
役立たずの孝平がピンピンして帰還し、長男が戦死してしまったという皮肉に、吾平は忌々しさすら感じている様子です。

ところが意外にも、この孝平が終戦後にわかに頭角を現し始めるのです。
孝平は今まで家業に関わるのを避けていましたが、どうやら父親のエネルギッシュな生命力と商売への情熱を受け継いでいたようです。
いったん家業を継ぐと決めてからは、父親の意見や古い慣習に囚われず、軽々と新しい時代に乗っていきます。

吾平が「安くて良質な昆布を、広く届ける」のがモットーだったのに対し、孝平は最高級の品質などの「付加価値を提供する」という方針を打ち出します。
そして顧客を一般庶民から富裕層へとシフトさせ、高級ブランドを作る方向へと舵を切ったのです。

そんな孝平の経営手腕は目覚ましく、主要な経済圏の移行を見据えた東京への進出、デパートの出店ラッシュを見越した先行契約、本店を構える立地の選択など、戦略思考のセンスが光っています。
おまけに彼は、親の目論見など物ともせず、自分の好きになった娘との結婚も果たしてしまうのでした。

外見は瓜二つで、商売への情熱という点では共通していても、タイプも生きる時代も違う親子二人の確かな繋がりに、絶えることのない壮大な命の営みの美しさを見るようでした。

川島雄三さんの監督映画


1958年公開

今でこそ、日本文化は国内・海外ともに人気が高く、その傾向はますます強くなるばかりです。
ところがけっこう最近まで日本では、西洋の文化を追い求める風潮があったように思います。

どちらかと言うと富裕層や知識人にそういう傾向が強く、庶民ほど昔ながらの暮らしを守っていた感じでした。
とはいえ戦後はアメリカ文化がどっと押し寄せ、それ以来「日本離れ」現象は大衆にまで浸透してしまいました。

ところが実は富裕層が西洋文化を追い求めたのは戦前までの話で、戦後は逆に「日本趣味」に回帰していったのかもしれないと思いました。
といっても それは一部のホンモノの富裕層の話で、大衆や新興のお金持ちは おおかた西洋文化に流れて行ったような気がします。

そういう時期に、若いやり手の商人が日本の伝統文化に注目し、ビジネスモデルの柱に据えるという映画が存在していた事には嬉しい驚きがありました。
「浪花屋」の薄利多売から付加価値の高い高級品へのシフトは、「メイドインジャパン」の先駆け感が伝わってきます。
筆者などはリアルタイムで見ていたら、先端を行き過ぎていて時代と逆行しているように感じたかもしれませんww

合理的な経営ノウハウと優れた日本の伝統文化の融合は、映画の中で明るい未来を感じさせていました。
これは今もなお、現在進行系で求められている力ではないかと思います。

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