「麦秋」は、娘の嫁入りを家族全員が温かく見守るホームドラマです。

世のお姑像とは、お嫁さんにとって「恐ろしい存在」とか「煙たい存在」という意識が、ほとんど定説のようになっていると思います。

そしてその関係が衝突しないようにと核家族化が進み、今では同居する人の方が少数派なのではないでしょうか?

そんな思い込みを覆すような、理想郷を描いた物語がありました。
ここには痩せ我慢じゃなければ表面的な繕いでもない、お互いに言いたい事を言い合って信頼し合えるという、コミュニケーション能力が高い人達の生活が描かれています。

それぞれに価値観は違っていても、時間をかけてお互いに理解しあえる関係を築いて行くのが、本当の家族の姿なのだと思い知らされました。

マイペースでしっかりしている末娘、紀子(原節子)

紀子は、兄夫婦とその子供と両親と、ワイワイ楽しく暮らしています。

彼女には彼氏はおらず、28才にもなると友達の半分は既に結婚していて、少し肩身が狭いようです。
4人グループが集まると、いつも“未婚組”と“既婚組”に分かれ、結局は未婚組がバカにされてしまいます。

ただ彼女らの結婚観を見ていると、どうも“既婚組”の方が簡単で“未婚組”の方がこだわりを感じます。
やっぱり、アレコレ考えてしまうと婚期が遅くなるという事なのでしょうか?

例えば紀子は、お見合いの相手が40才というのを聞けば「そんな年になってまだ独身の人は信用できない」とか、兄に対して「女性に対して無骨過ぎる」とエチケット論を展開したりと、彼女なりの評価基準があるようです。

原節子さんの出演している映画


幼馴染みの男やもめ、謙吉(二本柳寛)


紀子の兄の同僚・謙吉は、紀子の家とは家族ぐるみのおつきあいをしています。
謙吉は2年前に奥さんを亡くしており、母親と小さな女の子の3人で暮らしています。
おっとりしていて素朴な性格ですが、どこか泰然とした頼もしさのようなものを感じる男性です。

紀子と謙吉には、共通の大切な存在がありました。
それは戦死した紀子の兄であり、謙吉の友人です。

紀子はこの兄が大好きで、謙吉が兄の手紙を持っている話をすると、紀子は目の色を変えて その手紙を欲しがるくらいです。
二人はこの兄を通じて、何かを共有しているようにも見えるのです。

ある日、謙吉に転勤の話が舞い込みます。
謙吉にとってはチャンスで、謙吉は喜んで秋田へ赴任する事を決めました。
ところが母親は、ひどく気に食わない様子です。
東京で新しい嫁をもらい、ささやかでも良いからこのまま暮らしたいと言うのです。
謙吉は、この話が秋田への転勤だから自分に回ってきたのだと言い、母親の反対を押し切って話を勧めてしまいます。

二本柳寛さんの出演している映画


大どんでん返し

ひどく落胆した謙吉の母親(杉村春子)の元へ、紀子がお別れの挨拶をしにやって来ました。

この母親と紀子も親しい間柄で、母親は本当は秋田など行きたくない事、謙吉に嫁でも貰いたかったなどとグチをこぼします。
そしてもう最後だからと、いままで紀子には言えなかった事を告白します。
母親は「本当は紀子さんのような人に、お嫁に来て欲しかったのよ」と残念そうに言うのでした。

それを聞いた紀子は「本当に私で良い?」とつぶやきます。
母親は驚いて、その言葉を何度も聞き返し、確かめます。
紀子は昔から素晴らしいお嬢さんとの評判で、子供のいる男やもめである息子の所へなど来てはくれないだろうと諦めていたからです。

紀子の方も、前からそう思っていた訳ではなくて、今ふと浮かんだというような反応です。
なんだか突拍子もない展開ですが、二人の様子にはとても真心が籠もっている感じがします。

母親は嬉しくて泣いてしまい、紀子に何度もお礼を言い「お腹すかない?」とか「もうちょっと待ってて」と、もう有頂天になってしまいます。
映画では特に描かれていませんが、こうして本人が不在のうちに話が決まってしまうという事は、今までもしょっちゅう母親と謙吉の間でこんな話をしていたのかもしれません。

この後、紀子の家には大きな波紋が起こるのですが、周囲の反応とは裏腹に、まるで紀子の中では昔から決まっていた事のように自然と話が決まって行きます。
母親はすっかり気分が晴れ晴れしたようで「あの晩は二人とも眠れなかった」とか「私これから長生きするわ」と心から嬉しそうです。
そして「本当なのよね」と再び念を押したりするのです。

小津安二郎さんの監督映画


1951年公開

紀子は3世代にわたる同居を経験しており、そして紀子夫婦もこれから姑との同居が始まるわけですが、この頃はこの形が普通だったようです。

夫婦それぞれが別の世帯を持つなど贅沢だという感覚もあったのでしょうが、何より彼らは相当にコミュニケーションの達人で、完璧な調和の元に暮らしています。
もしかすると「かつての日本には、こんな家庭が多く存在していたのではないだろうか?」と思えてきます。

謙吉の母親が紀子に寄せる愛情は、現代の嫁姑関係に抱くイメージとはかけ離れています。
謙吉が不在の所で話が決まってしまうという展開を見ると、姑がこの二人を結びつける役を担った訳です。
姑が嫌で別れる夫婦がある中で、もしかするとその逆もあるのかもしれないと思えてしまうくらいです。

現代の社会問題として、親の介護が大きな話題となっています。
家族間のコミュニケーション能力は落ち、医療の発達で介護期間は昔よりも長く困難になっていると思います。

こんな時代だからこそ、昔にはもっとあったであろう幸せな同居のモデルを知るのも、何かのヒントになるかもしれません。


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