「もぐら横丁」は、なかなか芽が出ず良い年になってきた小説家と若い妻の貧乏生活・奮闘記です。

楽天的で朗らかな若い妻と、頼りになる思慮深い年上の夫の、絶対的な信頼感と共通の目的で結ばれた愛情が、見ていて心癒されました。

一文無しの小説家という一見不安定な立場の夫が、妻をはじめ色々な人々から信頼されて助けてもらえる理由は、彼が人の立場や気持ちを理解して、決して相手に不安を与えない優しさを持っているからだと思います。
そして妻の方も呑気であまり頭が良いようには見えないのですが、彼女も本当に大切な事は理解している人だから、こういう夫についていけるのだと思いました。

小説家というと、書斎に籠もって静かに執筆に集中する人というイメージがありますが、こうして子育てに煩わされたり、借金取りに追われたりという実生活の苦労が、案外 創作活動の良い肥やしになるのではないかと感じる作品でした。

癒し系だけど頼りになる妻、芳枝(島崎雪子)

芳枝は、地方から東京へ出てきたばかりの時に、だいぶ年上の一雄と出会い、結婚しました。

一雄はいちおう小説家ですが、彼の作品は世に認められておらず、収入といえば翻訳のアルバイト料くらいのものです。
芳枝は今では質屋の常連だし、お出かけする時の服すら持っていません。

ある日郷里の男友達が訪ねてきて、実家では母親が芳枝の事をひどく心配していると言います。
彼女はけっこう良い所のお嬢さんだったらしく、男友達は今の芳枝の生活を見て「君も随分変わったね」と驚いている様子です。

一雄も時々心配になり、芳枝に「僕と結婚した事を後悔していないか?」と聞いたりします。
ところが芳枝は、けっこう今の生活を楽しんでいるように見えます。
それに彼女は妊娠していて、もうすぐ子供が生まれるのでした。

島崎雪子さんの出演している映画


誰もが一目置いてしまう男、一雄(佐野周二)

一雄はどこか超然とした男で、一文無しでいながら どこか威厳がある男です。
そして彼の周りの人は、何故か一雄の事を助けてくれるのです。

まず妻の芳枝は、一雄に全幅の信頼を置いている為、どんなに貧乏を強いられても不安を感じている様子はありません。
そして下宿の家主は、いつも家賃を滞納しているこの夫婦の事を大目に見てくれ、家主が変わって下宿にいられなくなった時も、ライフハック的な知恵を貸して助けてくれるのです。

こうして一雄たちは家主の尽力により立ち退き料を弾んでもらい、芳枝の出産が済むまで二人で病院に入院する事が出来ました。
ところが なかなか新居が見つからず、入院が長引いて病院の会計係の人には迷惑をかけてしまいます。

そこへ小説家仲間がカンパしてくれたり、一雄を師と仰ぐ学生が部屋を見つけてくれて、何とか新居を獲得する事が出来ました。
おまけに一雄は、病院の会計係の人に、引っ越しの手伝いまでやってもらうという離れ業をやってのけるのでした。

まるで一雄は、人の助けだけで生きているようです。
それでも彼を助けてくれる人は皆、誰も嫌そうには見えません。

佐野周二さんの出演している映画


一雄のイクメンぶりがナイス!

二人は結局、学生の下宿に同居させてもらいながら、何とか赤ん坊を育てます。
サラリーマンの家庭と違い、夫婦二人で子育てする姿は何だか良い感じです。

ところが有る日、芳枝が金策に出ている間に赤ん坊が熱を出してしまいます。
一雄は赤ちゃんを病院に緊急入院させますが、一時は危険な状況でした。

子供は何とか一命を取り留めましたが、芳枝はこの経験で一層母親の責任の重さというものに目覚めたようです。
一方一雄は、さすがに今の生活に危機感を覚えたのか、深刻な面持ちで考え込んでしまいました。

そこへ、一雄の小説が芥川賞を受賞したという知らせが舞い込みます。
芳枝は赤ちゃんの事で一杯で、喜んで良いのか分からない様子だし、一雄はまるで放心状態です。
成功の瞬間というのは、こんな風に忘れた頃にふとやってくるものなのかもしれません。

清水宏さんの監督映画


1953年公開

この映画には、やたらとラジオの話題が出てきます。

芳枝がラジオを欲しがっていたり、一雄が見栄を張って家にもラジオがあると嘯くシーンなどが出てきて、この夫婦の生活には「娯楽」が無いという事を物語っています。
ふだんは見栄など一切気にしない一雄が、珍しくラジオの話題になるとムキになる所は、やはり芳枝にささやかな娯楽すら与えてあげられない罪悪感のような心理が見て取れます。

それに この頃のラジオは今でいうテレビやスマホのような存在で、それを持たない人は肩身が狭いという風潮があったのかもしれません。

二人は芥川賞を受賞した賞金で、お祝いに豪遊します。
行先は浅草ですが、大きな映画館が並んでいて大変な人で賑わっている様子は、今とはだいぶ雰囲気が違っていました。

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