「或る夜の殿様」は、明治時代の『西洋風旅館』を舞台に、成金の商人たちが繰り広げるコメディ・ドラマです。

時代の変化に乗じて一介の商人から資本家に成り上がった新興のブルジョアたちの勢力争いが、面白おかしく描かれていて痛快でした。

毅然としていて どこかノーブルな青年や、初々しい美しさのお嬢さん、
見込みのある青年を支えてあげたいという、貢ぎ型の人情深い女中さんや
囲碁が得意の知的なメガネ女子、人がいい鹿児島弁の巡査など
キャラクターたちの魅力が光っています。

明治とは、老いも若きも大きな夢や野望を抱く気分になるような、エネルギーに満ちた時代だったという印象を受けました。

両親の不心得に心を痛める可憐な娘、妙子(高峰秀子)

時代は「文明開化」たけなわの明治時代。
箱根にある西洋風の温泉旅館「山泉楼」の開館記念祝賀会に、大勢のセレブたちが招待されて来ています。

ところが旅館の常連客であり、大株主でもある越後屋 喜助の一人娘・妙子は、いつも浮かない顔です。
彼女は、両親の事で悩んでいるのでした。

母親のおくま(飯田蝶子)は、今では飛ぶ鳥を落とす勢いの越後屋の妻ですが、かつては孤児で下働きの身分でした。

その反動か虚栄心が強く、目下の者に高圧的なため、周りから密かに蔑まれています。

招待客として大阪商人の北原虎吉(志村喬)という男がやってきますが、じつは彼は、若い頃おくまとちょっとした恋仲だったようです。

20年ぶりの彼女を見つけて懐かしげに声をかける彼に対し、前身を知られたくない おくまは「知らぬ存ぜぬ」を決め込み、虎吉の恨みを買う事になります。

おくまは娘を、身分の高い男性に嫁がせて虚栄心を満たしたいし
父親は父親で金儲けの事でアタマが一杯で、目的の一致しない二人が喧嘩ばかりしている事も、妙子を苦しめます。

そして父親の喜助(進藤英太郎)は、今まで相当アコギな手を使い、ここまで上り詰めたようです。

いまも喜助は2人のビジネスマンを出し抜き、彼らの「鉄道敷設案」を自分のものとして、宿泊中の逓信大臣・江本(大河内傳次郎)に申請している所です。

ところが江本は、敷設案には賛成だけど「この計画は実現しないだろう」と言います。

江本は、かつては幕臣だったのが、今では新政府の大臣になっています。
そして今回、鉄道を敷設しようとしている所は「水戸」です。
最後の将軍の家元だった水戸家としては、江本は裏切り者なわけで、協力を得られるとは到底考えられないのでした。

ところが江本は「15代様」の弟君で、水戸家から平(たいら)家に養子に出た「平 喜一郎」という人が、長年 行方不明になっているという話を思い出します。
そして彼を見つけ出し、新会社の社長に据えれば、この計画は成立するだろうと言います。
ただそれは、雲を掴むような話なのでした。

高峰秀子さんの出演している映画


殿様に扮する、謎の書生(長谷川一夫)

大阪商人の北原虎吉は、越後屋 喜助にだまされた2人のビジネスマンの客人でした。
ビジネスマン2人は喜助に、虎吉は おくまに恨みを抱く者として、お互いに何か復讐の良い手は無いものかと思案します。

そこで虎吉は、越後屋夫婦の弱点である「虚栄心」に付け込もうと考えます。
ニセ華族の御曹司を仕立て上げ、越後屋たちが娘の縁組を希望して泣きついてきた所を、一網打尽にしようという計画です。

そんな折、旅館にふと書生風の青年が立ち寄ります。
として親切な女中さんが、彼にご飯をふるまって休ませてあげていた所へ、彼女の耳に三人組の「悪巧み」の計画の話が入るのでした。

女中さんと三人組の間で、
「この青年なら、誰にも顔を知られていない。彼なら好都合だ」
という話になり、青年も快く承諾してくれて、いよいよ越後屋への「仕返し」が実行されます。

この計画は、思いのほか大成功でした。
青年があまりにも度胸があって、演技もうまく、機転の効く「掘り出し物」だったからです。
すっかり騙されている越後屋夫婦の慌てぶりに、3人組は大はしゃぎですww

喜助もおくまも、手の平を返したように「平謝り」状態になるし、二人の殿様への執着といったら大変な騒ぎです。
娘の縁組のために、こうも目の色を変えるものか?と疑問に思うくらいです。

ところが それもその筈で、虎吉たちは殿様の設定として、身分のバレにくい例の行方不明になっている「平 喜一郎」を名乗っていたのです。

越後屋 喜助は「平 喜一郎」を新会社の社長にすべく、娘を差し出したり過剰にもてなしたりと、血眼になっているのでした。

長谷川一夫さんの出演している映画


洒落のつもりが一大事に・・・

両親の狂いぶりに心を痛める妙子は、密かに「平 喜一郎」にお願いを申し出ます。
それは、なるべく早くここを発って欲しいという願いでした。

これ以上 両親の醜態を見たくないという、妙子の切なる願いに「平 喜一郎」は同情を寄せますが、彼には何か考えがあるようです。
同時に彼は、妙子の事も気に入ってしまったようですが・・・。

大阪商人・虎吉たちは、だんだん事の重大さに気が付き始めます。

鉄道計画が急速に動き出し、法学士だの技師長だのが招集されて来ます。
宿泊している資産家が株を取得したがっているとか、沿線の土地の買付けの話題が出たりもしているようです。

「他の人にまで迷惑が及んだりしては事だ」と慌てているうちに、越後屋が江本大臣に「平 喜一郎」が現れた事を知らせてしまいます。

こうなっては「冗談でした」では済まされないと青くなった3人組は、書生にお金を握らせ、このまま消えてくれと頼みます。
ところが書生は、それを断ります。
逆に自分は「平 喜一郎」を名乗ったつもりはない、と強気に出たものだから、3人組は脅されたような心持ちになります。

3人組は、仕方なく越後屋夫婦にすべての真相を打ち明けますが、もう後の祭りでした。
いくら越後屋夫婦が怒り狂っても、大臣は知らせを受け既にこちらへ向かっています。

この緊急事態に、越後屋夫婦も北原虎吉も2人のビジネスマンも、敵対していた事など忘れて心を一つにして行きます。
それを見て妙子は幸せになり、書生は何やら楽しそうに見えるのでした。

1946年公開

みんなが「15代様」と呼んでいるのは、暗に最後の将軍・徳川慶喜の事を指しているのでしょう。
あくまでもフィクションという事で、固有名詞を使わなかったのだと思います。

しかし政変後も相変わらず、かつての将軍の弟という威光に対して「ハハーッ!」となったり、御前と呼んだりする所が日本らしい気がしました。
勝者が敗者を粛清するような国民性じゃないんですよね。
もちろん国を護るために政権を譲った幕府側の行動が、何より奇跡的だったのだとは思いますが。

この物語にはブルジョアの台頭や藩閥政治の様子、そして自由民権の運動家まで登場し、明治時代のエッセンスが詰め込まれているようでした。

喜一郎は
「有名無実(ゆうめいむじつ)の爵位などは
知略に長けた者に利用されるだけだ」
と授爵(じゅしゃく)を断り、江本は新政府に登用されながらも藩閥政府を是正しようと奮闘します。

新興の資本家たちが私利私欲のために躍起になっている一方で、旧幕臣たちが国の発展のために行動するノーブルさが印象的でした。

映画が公開された戦後1年目という時代は、変革時のザワザワとしたエネルギーに満ちているという点では、ある意味「明治」と共通する所があったのかもしれません。

【ちょっと余談】文明開化の残像を求めて・・・

箱根の西洋旅館といえば、やはり歴史があって有名な「富士屋ホテル」が思い浮かびます。

山に囲まれた敷地内に、建築年代の違う建物群の集まる景観が楽しく、ちょっとした別世界という感じで、機会があったら一度訪れてみたいスポットの一つです。

文明開化たけなわの明治を思わせる本館や西洋館を見学しつつ、個人的には昭和テイストの和洋折衷でレトロ感あふれる「花御殿」のお部屋に泊まってみたくなりました。



コメント

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。