「猫と庄造と二人のをんな」は、征服欲の強い二人の女性が、ひとりの優柔不断な男を巡って壮絶なバトルを繰り広げる物語です。

ところがこの物語には第三者がいて、結局 男は最初から最後まで、隠れた一人の「美魔女」に奪われていた事が分かります。

その美魔女とは、猫のリリーなのでした。
これは本物の猫好きにしか分からない感情ですが、こういう人って案外多いのではないかと思います。
あの何とも言えない神秘的な魅力に取り憑かれていく気持ちには、抗いがたいものがあります。

一方で二人の女たちは、なりふり構わぬ強欲さをむき出しにして、力づくで庄造を征服しようと必死です。
彼女らとの対比で、だんだんリリーがノーブルに見えてくるから不思議です。

確かに庄造は妻をイライラさせる極楽とんぼですが、彼の妻への想いが冷めていく気持ちも分からないでもありません。
可哀想な女たちに、本物の猫好きさんに対して、猫とガチで張り合って勝てる女性などいない事を教えてあげたくなる映画でした。

猫の魅力に取り憑かれた男、庄造(森繁久彌)


庄造は、たくましい母親の女手一つで育てられた、ヌルくて気ままな男です。

小さな荒物屋を営んではいるものの、いつも飼い猫のリリーに夢中で、仕事はほとんど女房にお任せ状態です。
彼の猫好きは大変なもので、彼の関心は常にリリーが一番で、仕事も女房も二の次なのでした。

女房の品子(山田五十鈴)は働き者ながら、損得勘定にうるさく情の薄い「乾いた」感じの女です。
もともと母親が損得づくで決めた嫁でしたが、彼女の冷酷な気性は庄造だけでなく、姑(浪花千栄子)にまで嫌われてしまいます。
品子はさんざん姑の「イビリ」を受けて、なかば追い出されるようにして家を出て行く事になるのでした。

ところが庄造の母親が品子をいびり出したのには、驚くべき理由がありました。
それは、叔父の娘との縁組です。
叔父はプチブルで、手のつけられないような不良娘の福子に手を焼いていました。
そして庄造の母親は、家を兼ねた荒物屋の負債に汲々としています。

親同士の利害が一致し、母親は持参金を目当てに福子を嫁に迎える目論見があったのです。
この計画は品子が出ていく以前から遂行中で、叔父や母親の手引によって、庄造と福子はたびたび密会していた仲でした。

それにしても母親が見繕った嫁をもらい、母親によって離婚が決まり、母親の策略で再婚相手まで見繕われてしまう庄造の主体性の無さには驚きます。

小さな頃から女手一つで育ててもらった恩というのもあるにはありますが、ブツブツ文句を言うだけで結局は母親の敷いたレールの上を走るだけの男なのでした。

自由になりたいけど自立する気概を持たない庄造の鬱積した気分は、猫のリリーへの愛というただ一点へ、異様な程に注がれていくのでした。

森繁久彌さんの出演している映画


持参金付きの傍若無人な新妻、福子(香川京子)

福子も小さい頃母親を亡くし、わがまま放題に育ったという、境遇的には庄造と似た面があります。

ただ福子は庄造と違い、そのエネルギーが奔放な振る舞いとなって現れました。
男遊びや家出を繰り返す手がつけられないようなワガママ娘で、誰の言う事も聞きません。

品子とはまるで正反対のような彼女の魅力は、庄造を夢中にさせます。
そして母親は持参金付きの娘である福子には、品子への接し方とは正反対の丁重なもてなしぶりです。
誰も彼女の暴走は止められず、お嫁に来たのに実家と同様に「帝王」のように振る舞う福子の態度は、見ていて子気味が良いくらいに豪快ですww

ところがこの事が品子の耳に入り、自分が家を追い出された理由を知った彼女の復讐心は、一気に燃え上がります。
頭の良い品子は、この再婚を破綻させて自分が返り咲く策略を思いつきます。
彼女は、リリーを自分のところへ引き取ろうと画策します。
庄造の一番大切なリリーを、自分の所へ留め置く事で自分のイメージと連動させ、二人の熱が冷めて未練がもたげて来た時に誘導できる「切り札」と考えたのです。

品子は福子に、傷心を癒やすために、せめてリリーを貰いたいと申し出ます。
ところが品子の話は、それだけでは終わりません。

庄造のリリーへの愛情は尋常でなく、私はリリーに負けた感がある。
もし庄造がリリーを手放すのを嫌がったとしたら、それは妻より猫の方が大事だからなんですヨ
みたいな事を耳打ちするのでした。

強気の福子は、それを聞いてもケンモホロロに品子を追い出しましたが、その言葉には一抹の不安が残ってしまったようです。

福子は柄にもなく、庄造が好きだという「アジの二杯酢」を振る舞って、奥さんサービスに努めます。
ところが庄造は惜しげもなく福子の手料理をリリーにやってしまい、福子が疎外感すら感じるような「二人の世界」が繰り広げられますww

その様子を見た福子は逆上し、気がつけば品子の策略にまんまと載せられて行く事になるのでした。

香川京子さんの出演している映画


他人には分からない「愛の世界」

やっぱりリリーに負けた感の拭えない福子は、リリーを品子の所へやってしまいます。

そしてリリーを手に入れた品子の喜び様は、凄まじいものでした。
言葉どうりの「猫っ可愛がり」状態で、まるで幸運を呼ぶお猫様扱いです。
うっかり逃してしまった時などは天地がひっくり返ったような落胆ぶりだし、戻ってきた時には泣いて喜び、今まで無かった愛情が湧いてきたりするのでした。

一方で庄造ら夫婦の間には、一気に亀裂が走ります。
庄造は不機嫌になり、それを見た福子はキレて家出し、そのスキに庄造はリリーを取り戻しに出かけたりします。

それでも一晩友だちの家で過ごした福子は、気を取り直して家に帰って来ます。
思いのままに生きてきた彼女としては、めずらしく大人になって「大いなる譲歩」をしたつもりでした。

ところが福子の留守中に、庄造が品子の所へリリーを迎えに行っていた事が発覚してしまったから大変です。
福子の怒りは爆発し、内面にある毒という毒を撒き散らし、その凄まじさは勝ち気な母親をもオロオロさせてしまう程です。

そして その様子を陰から見ていた庄造は、福子への愛情も冷め、再び品子の元へと出かけていくのでした。

訪れた庄造の姿を見て、品子は「勝った」と確信します。
ここぞとばかりに愛想を振りまき、庄造との復縁を持ちかける品子に対して、庄造の態度は決まっていました。

庄造が逢いたかったのは、ただただリリーの存在でした。
その再会はエモーショナルで、どこか滑稽で、どこまでも純粋です。
まるで「満たされない永遠の夢」への渇望のように感じられるのでした。

豊田四郎さんの監督映画


1956年公開

映画には、50年代の芦屋近辺の様子が映し出されています。
芦屋と言っても庶民的な商店、舗装されていない道や広々とした海岸、情緒あふれる木造家屋など、レトロで牧歌的な風景がステキでした。

2階を借りる品子がバルコニーでお料理をする光景などは、今から見ると相当に新鮮で、なんだか楽しげに見えてしまいます。

何やら答えの出ないようなラストでしたが、登場人物の醜さや不完全さには、どこか憎めないものがありました。

いい年をした大人の庄造が、未だに母親に頭が上がらず涙が出てくる情けなさや、帰る場所も無くなって大雨のなかズブ濡れで猫を抱く姿、
自由奔放なようで、じつは「女には年齢というものがある」という事を理解している福子、
じつは猫と過ごした時期が、いちばん心穏やかだったのではないか?と思えてくる品子の損得勘定の無意味さ・・・

誰もが幸せを求めるけど空回りばかりで、どこかやっぱり猫にはかなわない・・・という思いが、心の深いところにあるような気がしました。

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