「男の償い・前後篇」は、わがままで身勝手な男と、不幸に翻弄される悲劇のヒロインを描いたバリバリのメロドラマです。

いわゆる昼ドラ的な、リアリティの無い極端な展開に驚くばかりで、ちょっと感情移入は出来ない物語でした。
逆に、戦前の映画もこれ程エンタメが発達していて、ジャンル分けも出来上がっていたか、と感心してしまいます。

とはいえキャラクターの取る行動や心理としてはそれほど現代とかけ離れた感じはせず、やはり昔も今も同じ日本人だなァ、という気もします。
そして、この後テレビドラマで4回もリメイクされている事を考えると、実はけっこう人気があった映画なのかも知れません。

考古学ひと筋の気難しい青年、滋(佐分利信)

滋は、まるで駄々っ子のような所のある青年です。
考古学に情熱を燃やす学者肌で、人情の機微にはウトいし、実際そういうものに煩わされたくないと思っています。

幼馴染の瑠璃子(桑野通子)とは両思いなのですが、滋は家が貧しい上に収入の乏しい所が、裕福な瑠璃子の親からすると気に入りません。
瑠璃子には良い縁談が持ち上がっていて、彼女の母親は滋との仲を警戒し始めます。
そして、とうとう「今後一切 娘に近づかないで欲しい」という手紙を送ってきます。
この仕打で滋は頭にきてしまい、もう絶対に瑠璃子には会うまいと決心するのでした。

滋の父親は既に亡くなっていて、腹違いの兄がいます。
ところが この義兄はどうやら詐欺師のようで「金塊を積んだまま沈んだ船を引き上げる」と偽り、あちこちからお金をだまし取っています。

そして運悪く、滋の家に瑠璃子の母親が訪れ、娘との結婚を諦めさせる話し合いに来ていた所へ、ちょうど この義兄が現れます。
母親たちは話し合いが決裂していた所で、瑠璃子の母親はこの義兄のヨタ話に出資する事が、滋との「手切れ」にちょうど良いと判断します。

滋の母親は必死で止めますが、義兄も瑠璃子の母親も強硬で、取引は成立してしまいます。
滋は後からこの話を聞き、どうしてもこのお金を瑠璃子の母親に叩き帰してやりたくなるのでした。

佐分利信さんの出演している映画


滋のわがままに翻弄される箱入り娘、寿美(田中絹代)

滋は、考古学の先生と一緒に、伊豆へと発掘旅行に出かけた事がありました。
そこで偶然出会ったのが、旅館の娘・寿美です。
寿美は滋たちが逗留していた温泉宿の一人娘で、性格は大人しく、甘やかされて育ったせいか世間知らずな感じです。

そんな彼女は、東京からやってきた滋に一目惚れしてしまいます。
これは寿美の片思いでしたが、彼女の想いは激しく、両親もかなり積極的な人たちでした。
彼らは滋の恩師に働きかけ、滋に婿になってもらいたいのだと申し出ます。

ヤケを起こしていた滋は、寿美の事など何とも思っていなかったのに、この話に乗ってしまいます。
目的は、旅館の養子になって瑠璃子の親に「手切れ金を叩き返してやりたい」という、つまらない理由でした。

こんな風に始まった結婚が、上手くいく筈もありません。
一生懸命な寿美の気持ちをよそに、滋の頭は考古学の事でいっぱいです。
寿美は寿美で、全てが滋を中心に回っているという感じで、彼の手伝いに明け暮れます。
どうやら彼女は、嫁に行ったのと婿を取った事の違いが分からなかったようです。

田中絹代さんの出演している映画


その場しのぎで流れに身を任せた結果は・・・

寿美もしょうがない娘ではありますが、親たちも少し娘に甘すぎるようで、悪いのはみんな滋のせいだと思うようになります。
おまけに滋は滋で気を使うようなタイプではなく、悪気は無くても言いたい事をズバズバ言う所が、よけいに両親の反感を買ってしまうのでした。

こんな「一触即発」というような険悪なムードの中に、折り悪く例の義兄が訪ねてきます。
そして、いつものように金塊を積んだまま沈んだ船の事を切り出すのでした。

当たり前といえば当たり前ですが、滋は一切取り合おうとしません。
いつものごとく子供のように不機嫌になり、その場を立ち去って寿美を置き去りにしてしまいます。
ところが義兄は、百戦錬磨の詐欺師です。
義理だの縁だのとアレコレまくしたてて、寿美の逃げ道を塞いで行きます。
あいにく両親は不在で、追い詰められた寿美の中に、判断力を鈍らせる「狂気」が生まれてしまうのでした。

寿美は黙って店のお金を持ち出し、滋の義兄に渡してしまいます。
そして、その事が原因で両親と滋は大喧嘩になり、またもや癇癪を起こした滋は家を出てしまいます。
ところが寿美は、そのとき既に滋の子供を宿していました。

この後、寿美とその家族たちの身の上には次々と災が降りかかり、あまりにも不幸が重なった事で、寿美はとうとう気が触れてしまいます。
その後、滋は子供の事は知らなかったものの、彼女の苦労を知るにつけ自分の責任を感じるようになります。
そして寿美の看病とその子供の養育に、一生を捧げる事で償いをしようと決心するのでした。

野村浩将さんの監督映画


1937年公開

この物語で一番驚いたのは、滋と寿美の結婚の様子でした。
娘が一目惚れしたからといって、親が相手の男性に婿養子の話を持ち込むという展開にも驚きましたが、離婚の様子はもっと違和感がありました。

話し合いの席には、仲人である考古学の先生の奥方と、寿美とその両親が集まります。
滋が離婚したいという意思は、仲人に託されている状態です。
そして この4人の間で、滋と寿美の離婚は成立してしまいます。

寿美は仲人に説得されるし、両親の心も決まっています。
こういう状況で、彼女ひとりの意志では踏み止まる事は難しかったようです。
やはり戦前は親の権限が強く、妻の権利が弱かったのでしょうか。
ずいぶん簡単に離婚が決まってしまうのだな、と驚きました。

そして映画で印象的だったのは、娘たちの華麗な衣装でした。
瑠璃子は常にキメッキメのモダンガール調だし、寿美は大正ロマン風な和装ですが、結婚するとヘアスタイルが日本髪に変わります。
ちょっと新婚旅行の様子が出てきますが、寿美の和装がゴージャスで、この頃の新婚旅行というのはこんな風に盛装して行っていたのでしょうか、けっこう優雅な感じでした。

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