「東京物語」は、遠く離れて暮らす年老いた親が、一世一代の長距離旅行をして子供たちを訪ねて来る様子を描いた家族の物語です。
老いと死と、それに抗うどこか荒廃した都会の住人の姿が、シビアに描かれている映画でした。
物語の中心となる平山家の両親と子どもたちは一見和やかそうですが、物語を追うごとに子どもたちが本音では親の訪問を歓迎していない様子が描かれていきます。
子どもたちは それぞれに家庭を築いており、親とは本当に久しぶりの再会です。
ところが親子の間にはどこか素っ気ない空気が漂い、お互いの間には何か溝が出来てしまっているようです。
働き盛りの子供世代は、小さな子供がいたり仕事が忙しく、生活に追われています。
親を歓待してあげたくても、暇もお金もありません。
子供たちからは、どこか「もう少し成功してから来て欲しかった」という感じさえ伝わってきます。
優しくて気の利くお嫁さん、紀子(原節子)
紀子は平山家の嫁ですが、夫は戦死してしまい今では未亡人となっています。
ところが紀子は義理堅く平山家の嫁で居続け、今回の義父母の上京の際にも駆けつけてきました。
せっかく遥々上京してきた両親ですが、平山家の子供たちは なかなか親を歓待してあげられません。
ちょっと妙な話ですが、けっきょく紀子が会社を休んで、二人を東京見物に連れて行く事になります。
紀子も貧乏で忙しい身ですが、遠方から遥々訪ねてくれた義父母を暖かくもてなします。
観光で疲れた二人を労ったり、狭い下宿に母親を泊めてあげたりするのでした。
一つ一つはささやかな事でも、その様子にはいちいち心が籠もっています。
何となく「来ては行けなかっただろうか?」という肩身の狭さを感じ始めていた両親にとって、結局は紀子の優しさだけが旅の収穫だったようです。
原節子さんの出演している映画
生活に追われる実利的な長女、志げ(杉村春子)
長女の志げは、小さな美容院を経営しています。
日常業務や従業員の育成などで、日々忙しそうに働いています。
志げはせっかく訪ねてくれた両親に、何かしてあげたい気持ちはありますが何せ忙しい身です。
彼女は時間を割けないならばと、兄弟でお金を出し合って保養に行かせてあげようと提案します。
この話には長男も賛成で、さっそく両親に伊豆の温泉へ行く事を進めるのでした。
人の良い両親は、子供たちの心遣いを有り難く受けます。
ところがこの温泉旅館は若者向けの安宿で、老夫婦が楽しめるような所ではありませんでした。
夜遅くまで麻雀を楽しむ宿泊客の騒音で、二人が眠れない夜を過ごす様子は可哀想で涙が出そうになります。
この計画はお金は掛かっていても、真心の籠もった紀子のおもてなしには遠く及ばなかったようです。
杉村春子さんの出演している映画
人生の転機に何かを受け取る人と、スルーする人
何やかやとゴタゴタした挙げ句に、両親が田舎へ帰る日がやってきました。
子供たちは、親が満足して帰ってくれたものと思い込んで安堵します。
ところが東京からの帰り道、突然母親の気分が悪くなって二人は立ち往生します。
そして一旦は持ち直したものの、家に到着してから容態が急変してしまいます。
無事に到着したという連絡が来たすぐ後に、子供たちは突然母の危篤の連絡を受ける事になるのです。
子供たちは実感が沸かないというか、どこか確信が持てないような様子です。
「行った方が良いのか?」とか「あんたはどうする?」などの体裁のようなものへ頭が行ってしまい、そこには何らショックも悲しみも存在しない感じなのです。
結局、母親はあっという間に亡くなってしまいました。
そしてお葬式が済むと兄弟たちはさっさと帰ってしまい、これまた不思議な事に紀子だけが残ります。
紀子は残された父親や末娘の事が心配だったようで、何となく後ろ髪を引かれてしまい、暫く滞在するのでした。
1953年公開
この映画は、どこか戦後の日本人の心の荒廃のようなものが表現されているような気がしました。
母親の臨終という局面にあって、喪服や遺品の事が気になっている薄情な志げと、自分の親でもないのに義父の寂しさにまで配慮が届く紀子とで何が違うのかというと、それは良い人と悪い人というような単純な話では無いように思います。
紀子は夫の死という事態に出会い、自立するしか道はありませんでした。
彼女は時々厳しい表情を見せる事もあり、優しさを持ちながらも どこか緊張感の漂よう人です。
一方、実の子供たちは「忙しい忙しい」と言いながら けっこう呑気な所があり、頭の中はとっ散らかっている様子です。
何か大切な事を忘れている様子で、目先の小さな利益ばかり追って暮らしています。
この子供たちのどこか刹那的な生き方は、親の代とは価値観や世界観が相当変わって来ている事を表しているのではないでしょうか。
映画には、父親が息子や娘への不満を洩らす場面がありますが、それは「収入」や「社会的地位」の話をしているようで、本当は人格とか人間性の事を言っているようにも聞こえます。
一方で、いずれは別の家に嫁いでいくであろう紀子に、母親の遺品を託して「あんたは、やっぱり良い人だ」と言うのです。
これは昔を知る小津監督が、日本の伝統が失われていく残念さと、それでもどこかで踏みとどまってくれる事への希望を描いているような気がしました。
小津安二郎さんの監督映画
【ちょっと余談】寂しくて侘しい、郷愁の海
年老いた両親が暮らす「尾道」には、いちど訪れた事があります。
本当にこの映画の雰囲気そのままな感じの、静かなしずかな町でした。
老後に移住というよりも、若い現役の人が都会の雑踏から解き放たれて、古くて懐かしい情緒に浸りたくて訪れるような場所だ、と思った事を覚えています。
坂が多いから観光するのも脚力が必要で、とにかく歩いて民家や路地の趣を楽しむのが、尾道の醍醐味だと思います。
惜しい事に、そのときはツアー指定のホテルに泊まってしまったのですが、改めて調べてみたら風格ある数寄屋建築の「魚信」という旅館を見つけてしまいました。
築100年の建物で、内装もレトロそのもの、そしてお部屋から見える景色が尾道らしい鄙びた感じで、もう完全にタイムスリップしてしまいそうです♪
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クチコミを見てみると「設備が古くて、無理」という人もいました。
徹底したレトロ仕様なのでww、快適さを求める人には厳しいかもしれませんね。
筆者としてはむしろ、改築される前に行っておかなければ、と思います。
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