「雪夫人絵図」は、旧華族だった かつての「お姫様」が、社会の変化に適応できずに滅びていく物語です。
日本にとっての「華族」についてはよく分かりませんが、最後はほとんど形式的なものに成り下がっていたような印象を受けました。
実力を伴わない「身分」というものに守られてきた人が、善も悪も無いような つわ者の前で全く無力な様子には、悲しく辛いものがありました。
かつてのお姫様が庶民出の夫に愚弄されたり、その夫が一方では秘書に裏切られたりと、世の中に確かなものなど何もないような、殺伐とした気分になります。
特に戦後は社会がひっくり返され、それまでの立場が逆転したりして、日本が長いあいだ守り続けてきた「秩序」がことごとく崩されてしまったのだと感じました。
籠の鳥のようなお姫様、雪(木暮実千代)
雪は、かつて華族である信濃家のお姫様でしたが、家のために不本意な結婚をさせられました。
夫の直之(なおゆき)は品がなく無粋な男で、到底 雪とは性が合いません。
雪は、妻への愛情を示さないどころか、侮辱するような態度を取る夫に、ほとほと愛想が尽きています。
彼女はかつて、信濃家の書生であった方哉(まさや)と想い合っていましたが、それは家の事情で許されない恋でした。
ところが時代は変わり、雪はもうお姫様ではありません。
かつて殿様だった父親も亡くなり、民主主義の時代になって離婚も自由にできる世の中です。
雪は今の生活に耐えきれず、方哉に
「わたくしを拐ってください」
などと浮世離れした表現をしますが、当の彼女自身にその覚悟が無い事が、一番の問題のようです。
彼女は、心と肉体がまるで分離してしまっています。
心では直之を憎しみ別れたいと思っていながら、肉体は完全に直之に支配されているのでした。
彼女はこの肉欲との戦いにいつも破れてしまうのですが、深層心理では「自立する事」への恐怖がそうさせているように見えます。
木暮実千代さんの出演している映画
叶わぬ夢である心の恋人、方哉(上原謙)
菊中方哉(きくなか まさや)は今は琴の師匠をしていますが、雪への想いからかどうなのか、いまだに独身を保っています。
上品で端正な容貌の持ち主の彼は、雪とはお似合いな感じです。
方哉は、雪に「勇気をお出しなさい」と働きかけます。
信濃家はいまとなっては没落していて、残された財産は熱海の別荘だけです。
彼は、この屋敷を旅館にして、自立するよう彼女に勧めます。
経済的な支えがあれば、雪ももっと勇気が出ると考えたのです。
ところが直之は、この別荘を雪から奪って愛人に与えようとします。
雪はどうして良いかわからず、相変わらず方哉に助けを求めるばかりです。
けっきょく旅館の経営も、温室そだちの雪にとってはハードルの高いものでした。
誰にも依存する事が出来なくなった彼女は、追い詰められて とうとう服毒自殺を図ります。
雪は一命を取り留めますが、その勇気の無さを方哉に責められます。
そして彼女も「方哉こそ勇気が無い」と反論します。
確かに、方哉とて励ますことはできても、旅館経営を成功させる手腕などは無さそうです。
上原謙さんの出演している映画
滅びゆく人たち
その後、雪はもう一度「今度こそは」と勇気を振り絞り、直之を旅館から追い出そうとします。
ところがそんな折、彼女は直之の子供を宿している事が分かるのです。
そんな彼女の窮状をみて、さすがに方哉も重い腰を上げようとします。
ところが方哉も、雪と同じ意気地なしだった事が判明してしまいます。
シラフで談判する勇気が無い方哉は、酒に酔ってへべれけになった状態で直之の元を訪れます。
そして、戦うどころか なかば「お願い」でもするように、相手に判断を委ねる始末です。
どうやら彼も、この先滅びゆく種族という感じがしてしまいます。
さらに直之の秘書の計略により、雪と方哉が密通していたかのような誤解を受けてしまうのでした。
雪は方哉に助けてもらう事もままならず、自分の身を持て余し、再び死に救いを求めるしかありませんでした。
1950年公開
この映画には、妙な違和感を感じました。
それは、書生が夜中に逆上して夫婦の寝室へ乱入し、直之に切りかかるという場面です。
彼は軽い感じの、まだ10代そこそこの男の子です。
確かに彼は、奥様の生活や、女中たちの噂話に聞き耳をたてているような、好奇心の強いところはありました。
でも そんな男の子が主人に斬りかかるほどの衝動は、どこから来るのだろう?
と不思議に思いました。
雪は、この書生をはじめ、昔から続く家臣団のような使用人たちに愛されています。
特に若い人にとっては、憧憬と親しみの混ざったような「神格化されたような存在」として
崇められている感じです。
日本という国は、実力よりも「血筋」を重んじるところがあると思います。
戦後の改革で殿様が平民になったりしましたが、人の心はそう簡単には変わるものではありません。
特に、善政を行って民から慕われていた殿様などは、単なる主従関係を越えた絆があったようです。
まだ少年みたいな男の子を突き動かしたのも、自分にとって大切な存在を守りたいとか、
尊いものを傷つけられた事への怒りだったのかもしれない、と思ったりしました。
そして この映画は、ストーリーのドロドロさとは裏腹に、美しいロケーションの映像が満載の作品です。
特に印象的だったのは、熱海の別荘の優雅な建物や、日本庭園から見下ろす丘陵と相模湾の幻想的な美しさでした。
この建物は、熱海の名所「起雲閣」として現存しています。
他に、方哉の滞在する芦ノ湖の「山のホテル」も現役です。
そこで方哉がピアノを奏でる様子や、もやがかかる早朝の庭園の光景が素敵でした。
芦ノ湖をボートで渡るシーンや、ススキ野の中を走るバスの様子などが、当時のハイソなリゾートライフを今に伝えています。
溝口健二さんの監督映画
【ちょっと余談】熱海も良いけど・・・
熱海は好きで たまに行くのですが、芦ノ湖の方は、山の上から見たことはあるものの、宿泊の経験はなかったので調べてみました。
「山のホテル」は今では改築されていて、
映画のようなモダンでこじんまりした感じとは、だいぶ様子が違っていました。
朝もやがかかって幻想的だった芝生の庭園は、今では つつじの花で埋め尽くされてしまっています。
どうやら変わっていないのは、芦ノ湖の風景だけなのかもしれません。
他に雰囲気がある宿がないか調べていたら「龍宮殿別館」という宿泊施設がありました。
最初は隣にある「龍宮殿本館」という素敵なレトロ建築が目に止まったのですが、残念ながら宿泊はできないようなので、外から眺めて我慢することにします。
近くの「箱根園」から遊覧船に乗って「箱根関所跡」へ行き、そこからバスで「熱海」に出る事もできるようです。
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